ADAMOMANのこだわりブログ

特撮ヒーロー、アメコミヒーローを中心にこだわりを語るストライクゾーンの狭すぎるブログ

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オタクが見たシン・仮面ライダーぶっちゃけ評価①〜なぜオタクウケが悪いのか?〜

もちろんネタバレありです。

とりあえず初回は最速上映で鑑賞、

とにかく変な映画、という印象と、期待を裏切られたような落胆と同時に、

「いやしかしやはり傑作かもしれないという淡い期待」と、「俺がここ1〜2年楽しみにしてきたものの正体をちゃんと確かめたい」という強い思いからもう一度観に行きました。

だって期待通りの映画ではなかったけど、見終わった後には確かに妙な爽快感があったんですよ。

で、公開直後は酷評が多く出回ったんですが一周回って「辛口オタクのことは気にするなフツーに面白いぞ!」という擁護論が最近は幅を利かせてます。

そしてそこから更にもう一周回って改めて「ライダーオタクほどガッカリしたのはなぜか?」も含めて考えてみたいと思います。

辛口気味には書きますが普通に好きなところは好きなので、1人で賛否両論やります(笑)

 

【メーカー特典あり】シン・仮面ライダー 音楽集(ステッカー付き)

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◆あたおか親子

のっけから強い違和感がありました。それは、本郷が仮面ライダーを名乗るまでの過程です。

原典「仮面ライダー」(以下「旧テレビ版」)第1話では、手術台の上で目覚める本郷猛と、勝手に彼の体を切り刻んで改造した異常集団の狂気と恐怖が、薄暗いアジトの映像と共にこれでもかと強調されていました。


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誰よりも、主人公・本郷猛自身がショッカー最大の犠牲者でした。だから本郷の感じた恐怖や怒りや悲しみに強く共感できました。

ところが「シン・仮面ライダー」(以下「本作」)では改造シーンはほぼ全カット、気が付いたらルリ子と逃走中という場面から本編が始まります。

改造の経緯を説明する緑川弘は、大学時代の恩師とはいえ

「大学時代ひどい目に遭った君だ。その時からこの力を欲してたはず😊だから改造してあげたよ👍」

なんて感じで彼の同意も得ず組織の力で彼を強制連行し怪物に改造。

「SHOCKERはその力を自分たちのエゴのために使っている!」

とSHOCKERを非難する緑川ですが、彼も自分のエゴのために勝手に本郷を巻き込んでいるので全然人のこと言えないと思います。とにかく本作の緑川はヤバイ(笑)

しかし改めて人ならざる者になった事実を痛感して「辛いな…」と漏らした本郷に、

「辛いという字に一本足せば幸せになる」

などとサブいポエマーみたいなセリフで説教垂れるルリ子。

「その辛さをあなたが背負うことで誰かが救われてる」って説くその言葉の意味は理解はできるんですが、本郷に守られてるアナタがそんな偉そうに言っていいんですか?とは思います。

これが例えば、見ず知らずの子どもを助けた後で、「あなたのその辛さのおかげであの子どもは幸せになる」って諭し方ならわかるんですが、

「あなたが辛い思いをしたおかげで私は守られてるの、だから感謝しなさい」

みたいなことを言って突き放してるとも取れる構図なのはちょっとなぁ…と思う訳です。緑川弘もヤバイがルリ子も相当人間性に問題があります。

※まぁ「人間」ではないみたいなのですが。

だからこの状況下で「仮面ライダーと名乗らせてもらう!」なんてよく言えたな本郷くん、とは思う訳です(笑)

 

◆指名されるヒーロー

本人の意思と関係なく気がついたらポジションが用意されていて「早くしなさいよ」みたいな空気に取り込まれていく強制的な感じは「エヴァ」のシンジくんとよく似てますね。ここは「仮面ライダーらしさ」というより「庵野ワールドっぽさ」だと思います。

使徒、襲来

使徒、襲来

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これは、かつての昭和ライダーたちと似ているようでちょっと違います。

過去の昭和ライダーたちは、自らの悲劇を乗り越えて自分の意志で悪と戦う決意を固めていましたが、本作の本郷猛は悪と戦うことをその場に居合わせた人間や状況に「頼まれる」のです。

しかも、組織に反旗を翻すことだけでなく、「ヒーローになること」まで全部1〜2分でお膳立てされます(その象徴として赤いマフラーまで巻かれます)。個人の復讐を乗り越えてヒーローに成長していくドラマも何もなく、全部説明台詞で片付いていきます。

更に言えばこれは、「自分から戦いに首を突っ込んでいくタイプ」が多かった平成ライダーたちともやっぱり違っていました。

ここが、多分たくさんのライダーシリーズを見てきたオタクからしても少し違和感を覚えた部分だったのかもしれません。

 

◆改造は悲劇か否か?

でも、知らぬ間にポジションが用意されていて「これはお前の仕事だろ?早くしろよ」と気付けば大役を振られてた感じってのは庵野の人生なのかなとも思うし日本人サラリーマンっぽさでもあります。「これはこれでリアル」と捉えるかは人によって好みや解釈が分かれそうですね。

見方によっては、悲劇を使命に変える昭和ライダーの決意も、自分から首を突っ込んでいく平成ライダーの主体性も「アンリアル」(非現実的)ですから。

ただ、「シン・仮面ライダー」と題して本家OP完全再現プロモーションまで作った本作にはやっぱり昭和ライダーっぽさを期待してしまいますよね。

勿論、本作の本郷猛だって「頼まれたから戦った」訳ではないです。あたおか親子が色々説明してる間もずっと黙ってぶるぶる震えてましたからね(笑)

その後も仮面を見つめたまま桟橋に佇む本郷とか、物言わぬ葛藤があったことはわかります。でもその中身は「相手を躊躇なく殺せるか」にフォーカスしたものだったので、自分の肉体の変化に関しては結構早めに受け入れちゃってた感じなのは正直ちょっと肩透かしでした。

好意的に解釈すれば、ルリ子の言う通り彼は「優しすぎる」んです。

ただその一方で、本作の本郷猛は改造されてようがなかろうが「コミュ障のため無職」なので、頭脳明晰スポーツ万能でも「将来有望ではない」というのが旧テレビ版とも異なる非常に現代的で面白い解釈だと思います。

旧作の本郷猛は、「もしショッカーに改造されなければ普通の人間として幸せな生活を送っていたはず」なんですが、本作の本郷くんにもこれが当てはまるとは限りません。

むしろ、人外に改造されてでも他者から求められる役割がある方が実は幸せなんじゃないかという皮肉にすら取れます。

これはチーム庵野の仕事観や人生観とうっすら重なる気がします。「キモイオタク」などと後ろ指をさされてもキモイオタクであり続けたからこその今があります。

この「不自由こそが幸福」という考え方は結構本作「シン・仮面ライダー」を貫く要素になっているようです。

 

◆戦闘力のあいまいさ

あと、ルリ子が人外っぽいのは余計な設定な気がしました。

あ、プログラム人間なのは別にいいんですけど、問題は彼女の「硬さ」です。

まず、冒頭でかなり高所の崖から結構な秒数落下してましたけどほぼ無傷でしたし、自分の肉体の変化に戸惑う本郷に肩を強く握られても苦痛に顔を歪めるだけでした。あとコウモリオーグに結構エグめの飛び蹴りかまされてましたけどこれも無傷。身体的にも強化されているとしか考えられません。

…この女守る必要あるのか?(笑)

本作の仮面ライダーがひたすらルリ子を守ることに終始していて一般人と関わらないことにも賛否あるようですが、ストーリーの描き方次第ではそれでも私は構わないと思います。むしろ安易に「子ども」を出さなかったことは救いです。

ただ、それなら生体電算機でもなんでもいいから身体的には普通の女の子であって欲しかった。でないと守り甲斐なくない?

それに、「普通の人間」「政府軍(仮称)」「変身前オーグ」「変身後オーグ」「戦闘員」...と、複数の戦闘力パラメータが存在する案外複雑な「仮面ライダー」の世界に、「ちょっと硬めの電算機女子」とか食い込ませるのやめてくれ、余計わかりにくくなる(笑)

例えば旧作テレビシリーズの戦闘力ランクって、

仮面ライダー>怪人>滝>おやっさん>ライダーガールズ=吾郎>戦闘員>一般人>酔っ払い

と完全にバグってたわけですが(笑)、そこんとこ本作では特に「戦闘員の戦闘力の明確化」はお願いしたかったところです。本当に無言のトマトでしたからね〜...。

冒頭でグロ無双するライダーは全然OKだったんですが、その後「変身前の本郷vs戦闘員」とか「戦闘員vs襲われる一般人」とか、更には「パワーをコントロールできるようになったライダーvs戦闘員」なんかがあると、よりドラマや設定に深みが出るのになー...なんていうのは欲張りすぎかな?

 

◆泡消滅について

これあんまり言われてないので言いたいんですが、私本作のブクブク消滅描写あんま好きじゃないんですよね。

泡になって死体が消えるのは確かに旧テレビ版のオマージュではあるんですが、これはあくまで第1話の蜘蛛男に特有の描写で、怪人ごとに断末魔はそれぞれ異なっていたはずなんです。

特にシュールだったのがかまきり男。

それが、SHOCKERは総員死んだら泡になって消えるって設定にしちゃったのはオマージュにしてもちょっと乱暴すぎます。ここは怪人によって変えて欲しかった。

あと何が溶けて何が溶けないのかの基準が曖昧に見えたので初見はこれがめっちゃ気になりました。設定的に粗いように見えてしまうし、溶けるにしても早すぎるし。

ただ2回目で気づいたんですが、ルリ子が本郷のマスクにデータを色々入れてる間に「マスクだけは消滅しないようにした」とは言っていたので、溶ける溶けないはモノごとに決定できるようですね。つまりSHOCKER構成員は衣類も全てSHOCKERに用意されたものしか着用できないということのようです。

…いやそういうことじゃなくて、あの泡消滅は怪奇色が強かった頃の演出なので、本作でも怪奇演出として使って欲しかったんですよ。あの昭和の時代に低予算でやらざるを得なかったからこそ滲み出ていた気味悪さみたいなものの新しい解釈が、私は見たかったんです。

 

◆怪奇色はどこへ

第2話「恐怖蝙蝠男」

第2話「恐怖蝙蝠男」

多分旧1号編のリメイク風味を期待していたライダーオタクは多かったんじゃないでしょうか?そんな人にとって本作は思った以上に明るいし怖くない作品でした。

特にコウモリオーグ戦はガッカリでした。旧テレビ版第2話のような闇夜に蠢く異形vs異形を期待していたからです。

CGはチープだし、安易にコロナ禍に重ねたっぽい台詞の応酬にも深みがないし、コウモリはドアップで笑ってるだけだし…。せっかくキモイマスク被ってウィルス開発してるなんてウマイ設定あんのに全然怖くないんですよね。

不気味さという面ではクモオーグがピークで、それ以降登場する怪人はどいつもこいつも強さと怖さがない。

ただ。K.K.オーグは返り血に染まったスーツと狂気に満ちた演技で何しでかすかわからんヤバイやつ感がかなり良かったですね。加えて一文字のデビュー戦を熱く熱く盛り上げてくれるサイコーの噛ませでもあり、ライダー怪人としては非常に素晴らしい活躍をしてたと思います。

とりあえず怪奇色が薄い理由として、旧1号編特有の暗い密室、暗いアジト、夜の戦闘がほとんど無かったことが気になりましたが、それに対してハチオーグ戦は暗かったことや、特にショッカーライダー戦が暗くて見辛かったことを「初期も暗くて見辛かったことのオマージュだ」とか言う人いますけど、だったらなんでコウモリオーグ戦でそれをやらなかったんでしょうか?そもそもショッカーライダー編は旧テレビ版でも終盤のキャラクターだし、戦闘は全て明るい屋外で行われていました。

ただ、旧テレビ版にあったような怪奇色が感じられない理由を「映像の明度」だけに求めるのもちょっと違う気がします。映像明るいのにめっちゃ怖い映画とかありますからね。

ミッドサマー(字幕版)

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  • フローレンス・ピュー
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本質的には、怪人の怖さや強さを裏打ちする、SHOCKERそのものの恐怖描写不足にあると思います。初見感想でも書きましたがこれはいただけなかった。

そしてそれを描写する絶好の機会が実は本郷の拉致と改造シーンだったはずなのに、それを本作は放棄してしまった。

改造手術台の上のシーンは後に多くのリメイクが誕生しているものの、50年前の第1話がダントツで怖くて不気味です。

結果、政府高官や公安組織に全部筒抜けの過去最弱「公然の秘密結社」が誕生してしまった。SHOCKERの弱さはそのままライダーの弱さに繋がってしまいます。共倒れは即ち作品の「茶番化」をもたらします。

この「茶番化スレスレ」のラインを走ってる感じが所々に滲み出てるから評価が割れてしまうのでしょう。

 

長くなってきたので一回切ります。あとまだ触れてないけど語りたいことは以下です。

  • 本作のCG描写の質と庵野氏がやりたかったことを考える
  • ハチオーグは本当に名キャラなのか?
  • 自由のために戦っていた仮面ライダーは、自由と戦う戦士に変わった
  • 一文字隼人号泣のワケを考える
  • イチローと本郷猛は「カードのオモテとウラ」
  • テレビで見た方が面白いのでは?

ではまた。

(了)

www.adamokodawari.com

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