ADAMOMANのこだわりブログ

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仮面ライダー響鬼前半の感想と考察②明日夢が弟子入りしないワケ(第二十八之巻「絶えぬ悪意」より)

二十八之巻「絶えぬ悪意」

二十八之巻「絶えぬ悪意」

前回に引き続き、今回も「響鬼」前半の言わば最終章とも言える二十八之巻を扱っていきます。

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洋館の男女と猛士の類似性

四之巻「駆ける勢地郎」

四之巻「駆ける勢地郎」

前回も触れた「洋館の男女」について、今回もちょっと深掘りしていきます。

今話では初めてちゃんと会話する2人の姿が描かれていました。この会話シーンが実にナチュラルで、いつも男女声が逆な上に気味悪い変なキャラが多かった童子と姫とのギャップが際立ちますね。

童子と姫は二人の「子供」という位置付けなのでしょうか?生まれたばかりのはずなのに鬼のことを知っているのは二人の知識を引き継いで生まれたからでしょうね。

さらに突っ込んだことを言えば、二人の会話が非常に「たちばなっぽい」。意識して演出してるんじゃないか?ってくらい、ここでの二人の会話は、普段我々が愛好している猛士の面々に非常によく似ています。

自分がやっている実験のことをフランクに説明する男の口調はみどりさんとかヒビキさんっぽいし、それを楽しげに聞く女の感じもそれっぽい。

「悪いヤツには悪いことをしているという自覚は無い」ということですね。武者童子を作ろうと画策している二人は実に「無邪気で楽しそう」だからです。

んでそれは、猛士や鬼たちについてもそのまんま当てはまる話で、過去にヒビキさんも

「まぁ自分たちの性分でやってるというか...」

と言っていたように、特別「良いことをやってやろう!」とかそういう気負いがあるわけでもないし、第二話のヒビキさんのセリフ、

「俺は、響鬼だから!」

という言葉に象徴されるような、「職能意識」みたいなものに従って自然と頑張る人たちの姿はずっと描かれてきました(これもやはり「クウガ」に通底する)。

そして洋館の男女も基本的にはそれと同じで、彼らにとって、危険な人食いモンスターを好き放題作って野に放つことは別に悪いことでもなんでもなく、日常的に自然とやっていることなのでしょう。悪いヤツの一番怖いところは、悪気が全くないところなんですよ。

頭の中は猛士の人たちと真逆なのに、振る舞いはそっくりってところが実に面白いですね。

 

悪との折り合いのつけ方

九之巻「蠢く邪心」

九之巻「蠢く邪心」

もっと言えば、明日夢をボコした万引き少年も、スケールは全然違えど根本的には同じようなものだと言いたいのだと思います。「悪」って否定したいものだけど、どうしようもなく「在るモノ」だから、それとどう折り合いをつけて生きていくかっていうことが大事、みたいなメッセージは「響鬼」の中に確かに存在していると思います。

実際、猛士の面々は結構そこんとこドライに折り合いをつけて「親玉」との戦いを何百年も続けているみたいだし。

あと、親玉の正体に関して髙寺氏の具体的な証言もありました。

「地獄図を愉しむ非道者」というのは自分もイメージしていた感じだったから嬉しいなぁ。

調和を破壊して乱れ崩れゆく世の様を見るのが好き、みたいな感じなのだろうと思います。否もしくは、そういう周囲の変化にひどく無頓着で、かつ「自己愛が強く自分の欲求を何よりも優先させてしまうタイプ」とでも言えるでしょうか?その方が「万引き少年」にも近そうな気がしますね。

そういう悪に対して、「封印」ではなく「爆殺」という極端な手段に頼らざるを得なかった「クウガ」ではやりきれなかった本当のヒーローとしての戦い方を「響鬼」では模索していたのかもしれません(怪獣を懐柔する「コスモス」とも異なるアプローチ?←ダジャレじゃないよ)。

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「響鬼」で目指したのは、「積極的静観」みたいなものでしょうか?悪の存在を否定することはもはや不可能で許容せざるを得ないから、妥協案として距離を置いて共存するという「大人な判断」です。

ただ、それで平和な日常が送れるようになるかと言うと決してそんなことはなくて、距離を置いている以上頻度はグッと下がるものの、交通事故的な確率で、偶発的に「悪」と出会ってしまって一方的な被害を受けてしまう人は少ないながら発生してしまう。

それが、山奥でたまたま童子や姫と遭遇して餌にされてしまう一般人だったり、あきらの両親だったり、明日夢くんもその一人だったりするんでしょうけど、そんな風に、確率論的にどこかでいつかは「悪い人」と衝突してしまうことはどうしようもなくあるから「あらかじめ鍛えておこうよ」というのが「響鬼」という作品のメッセージだったように思います。

 

鬼殺し

十一之巻「呑み込む壁」

十一之巻「呑み込む壁」

そして、その少ないながらも発生してしまう犠牲者を最小限に留めるため「善人たち」に用意された暴力装置が「鬼」だったのでしょう。だから「鬼」には、普段の穏やかな彼らからは想像もつかないくらい、非常に強力かつ残虐とも言えるほどの武装が隠されています。

もし魔化魍が全ての人間を食い尽くしてしまったら、洋館の男女はもう魔化魍が生み出す地獄やカオスを愉しめなくなります。だから彼らだって人類の滅亡は絶対に望んでいません。そうなる前に、鬼に退治してもらうくらいが丁度良いとさえ思っているかもしれません。

だから過去の親玉たちも、積極的に鬼を殺そうとしたり、猛士を直接攻撃しなかったはずです。むしろ猛士がいるからこそ自分たちの愉しみは永久に続けられる。そういう歪み切った「共生関係」に甘んじられてきたのかもしれません。そしてこの歪な共生関係は、鬼の方が魔化魍より圧倒的に強いからこそ成立してきたものです。

しかし、今回の親玉はその一線をも超えようとしている。つまり、鬼さえも殺してしまいかねないほど強力な魔化魍を生み出しつつある、ということです。そしてそのことは、今回登場した時間無制限の完全版武者童子と鎧姫がその圧倒的な戦闘力でもって示してくれています。

クグツ経由で童子と姫を強くするって、(劇中描写の限りですが)TDBにも記録がない完全新作ですよね。これ相当ヤバイことでしょう。クウガとは逆で、敵の方が先に「伝説を塗りかえ」ちゃってますよ。

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ところで、鋭鬼さんには弟子もサポーターもつけない単独行動という設定があるようで、そういうところに「本来の鬼の強さ」が垣間見えますよね。「魔化魍退治は鬼一人でやれる」ってのがそれまでの常識だったってことだと思うんです。実際、独り立ちしたばかりの頃の轟鬼もしばらくは一人でした。

ただ、今回一時的にとはいえ鋭鬼さんが生死不明になったことから、今後はその体制も見直さないといけなくなると思います。今回の武者童子と鎧姫戦なんか見れば一目瞭然ですけど、絶対鬼一人では勝てませんよね。威吹鬼と轟鬼の二人がかりでも結構押され気味でしたから。

だからもし武者童子と鎧姫がデフォで毎回登場することになったら、関東十一鬼のシフトは瞬時に崩壊しますよ。直接的な戦闘で死亡するリスクだけでなく、裁鬼さんのように過労で体調を崩す鬼が続発し、その余波で若い鬼のローテがさらにキツくなってみな倒れていく...みたいな最悪の事態は容易に想像できちゃうんですよね。そうなると、構想のみ存在した「終盤での響鬼死亡展開」ってのは案外ありえた話だなとも思えてきます。

ただ、二十七之巻ですでにアームド響鬼の伏線が登場していて(努との会話に登場する脚の図面)、吉野含めみどりさんたちもこの危機的状況をただ傍観しているわけではないようです。

あー、こっからが本気でおもろい攻防戦が始まりそうな予感だったのになー....!アームド強化だって、多分しばらくは試作機を使うことになった響鬼専用って展開で持つだろうけど、多分終盤には鬼全員が装備するべきってなって量産型が登場するに決まってるんですよ。クウガで言えばTRCSだって2000Aとして全国配備が進められたじゃないですか、あーなるに決まってるんですよ見たかったな〜(妄想)

 

マジで弟子入りする5秒前

二十三之巻「鍛える夏」

二十三之巻「鍛える夏」

話をメインテーマに戻します。

ヒビキと明日夢の関係がどう深まっていくかってところが本作の主軸になってるはずなんですけど、それがこの二十八之巻の段階に至るまでろくに進展しなかったところに「響鬼」という作品の根本的な問題があります…って話は既にあちこちで論じられているので、ここではあまり深くは扱いません。

ただ、「響鬼」という作品を「ヒビキと明日夢のラブストーリー」として捉え直したらめっちゃわかりやすいとは思うんです。ラブストーリーの場合はくっつく=弟子になるのがゴールだから、最終回までに弟子になれればそれでいいんですよね。だからこのペースで全然問題ないんですよ(笑)

実際、それっぽく描かれてるシーンは多くて…

「少年を弟子にするつもりはないんだ」と明言した十六之巻あたりで近づきかけた二人は一旦また離れちゃいます。でも努くんがたちばなに現れたときの明日夢は「もしかしてヒビキさんの…(元弟子)?」ってトコロを一番に心配してるし、ヒビキはヒビキで、「もう弟子をとったつもりでいる」とまで発言してました。

この、つかず離れずの二人の微妙な関係性を楽しませようとしてた節はかなりあると思うんです。

ただ、これはあくまでも「特撮ヒーロー番組・仮面ライダー」だから、弟子になることを目指す物語じゃなくて、弟子になってからの非日常のバトルを描くべきだった…ってのは既にあちこちで言われてる通りだとは思います。

だとしても、少なくとも私はヒビキと明日夢の微妙な距離感を楽しんで見てたクチかな〜。

そりゃ私だって今となればOPナレーションで「ヒビキさんと出会って半年、ヒビキさんの背中を見て頑張ってきた僕は…!」とか言ってる明日夢に対して「お前ただ学校行って部活やってバイトやってただけだろ」とか言いたいことはいっぱいありますけどね!

ま要はこの二人、劇中で見てる限りにおいても、実はあんまり噛み合ってなかったと思うんです。もちろん惹かれあってはいるけれど、距離の縮め方が二人とも抜群に下手でした。

っていうところとかもすごくラブストーリーっぽかったですね。

 

「日常」と「異界」の狭間で

じゃあその「ラブストーリー」において、停滞する二人の関係性を進展させる恋敵は誰か?それは当然、明日夢より先に弟子入りを志願するようなヤツ=桐谷京介ということになりますがそれはあくまで三十之巻以降の話でして。

この二十九之巻まででその役割をつとめたのが実はあの万引き少年だった、と私は思っています。明日夢を励ましてやらないといけない状況に追い込まないと、二人の距離は縮まらないからです。

ただ先述の通り、悪人と遭遇する確率って交通事故的な確率だから、そこもリアルにしちゃうとどうしても二人が本気で向き合える頻度はガクッと下がっちゃうんですよね。そんな都合よく悪人はウロウロしてません。

要は、明日夢の弟子入りがこんなに遅くまで引っ張られたのは、「悪」と距離を置いて共存するという独特の世界観を死守した結果だと思うんです。

そりゃ明日夢が「555」世界の住人だったら、多分毎週荒川の土手でオルフェノクの殺人を目撃してると思いますし、「カブト」世界だったらとっくに擬態されて殺されてると思います。他作品では、ヒーローが活躍する必然性のために「悪」は驚くほど身近にいます。

でも、「響鬼」が大切にしたのは、人里離れた山奥で人知れず鬼が魔化魍と戦い続ける結果得られる「日常の温かさ」でした。

だけどヒーローって「悪」がいない日常では必要とされない存在だから、「悪」と距離を置いた日常を生きる明日夢にとっては、「悪」だけでなく「悪」と戦うヒビキさんもまた遠い存在になっちゃうんです。

それでも「少年に男として何か伝えておきたい」っていうヒビキさんの気持ちもめちゃくちゃわかるけど、結局ヒビキさんは「響鬼」だから(=異界の鬼だから)、やっぱり日常の住人と距離を縮めようとしても限界があるってことなんだと思うんです。

そしてそれはやっぱり、「響鬼」が「仮面ライダー」である証拠だなとも思うわけです(暴論)。いくら普段は気さくで優しいおじさんの姿をしていても、それは「仮面」でしかないんです。

ですがこの作品は必死にそのことを隠し通そうとしていますよね。OPナレーションでは明日夢くんが

「鬼に姿を変えて人助けをする。その不思議な男の人...」

とか言ってますけど、普通に考えればバケモノですからね鬼なんて。

そしてそれをストレートに描いてみせたのが「劇場版仮面ライダー響鬼と7人の戦鬼」だったんだろうなと。

そしてここにこそ、ヒビキさんが明日夢を弟子にしたいと思った理由がある気がしてなりません。というわけでこの続きは次回!

(了)

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