アイアンマンの魅力とは、決してハイテクなパワードスーツのカッコ良さにあるのではない。スーツの中にある人間の強さや弱さ、即ちトニースタークという人間そのものにある。
本作「アイアンマン3」は改めてそのことを教えてくれたという意味で、MCUの最高傑作の1つだ。
- ◆トニーの弱さ
- ◆ハイテク探偵トニースターク
- ◆ポンコツスーツ・マーク42
- ◆トニー版「ダイ・ハード」
- ◆最高の相棒・ハーレー
- ◆マンダリンの新解釈
- ◆圧巻の大統領機乗務員救出劇
- ◆トニー版ダークナイトライジング(?)
◆トニーの弱さ
「3」の実質の前作となる「アベンジャーズ」では、メカニカルなスーツを身にまとい、自由に空を飛び回りながら悪と戦うカッコいいトニーの姿に惚れ込んだ観客は多かったことだろう。
S.H.Figuarts アイアンマン マーク7 -《AVENGERS ASSEMBLE》 EDITION-(アベンジャーズ)
しかし、本作ではトニーが全然スーツを着ない。だから「肩透かしだ、物足りない」、なんて感想も目にしたが、私は全くそうは思わない。
スーツがないからこそ光る、本当のアイアンマンの魅力を描き切ってくれたと感じたからだ。
まずは、トニーの精神的な弱さ。アベンジャーズNY決戦で大活躍だった彼だが、実はあれがトラウマで不眠症に。更には過呼吸を伴う不安神経症に悩まされ、スーツがないと体の震えが止まらない「スーツ依存症」状態に。
「アイアンマン2」でも、死への恐怖を前にヤケ酒で周りに大迷惑をかけるヘタレっぷりを見せたが、今作でもその豆腐メンタルは健在。
だがそれが良い。「天才金持ちプレイボーイ」の、そんな等身大の弱さが描かれることで、彼がグッと身近な愛すべきキャラクターとして我々のすぐ側にやってくる。

Iron Man: Demon In A Bottle (Iron Man (1968-1996)) (English Edition)
- 作者:Michelinie, David,Layton, Bob
- 発売日: 2011/11/23
- メディア: Kindle版
実は原作でもアルコール依存症に苦しんだトニー。タイトルもズバリ「瓶の中の悪魔」。彼の精神的な弱さもしっかりオリジナルコミックスのオマージュになっている。
◆ハイテク探偵トニースターク
それまでは「国とローディの仕事」と割り切っていたマンダリン関連の事件だが、大親友のハッピーが被害を受けたことで、トニーの怒りにも火がつく。
アベンジャーズの一員になったとは言え、今回の件に手を出したのはあくまでも私的感情の発露から。この頃のトニーにはやはりまだまだプライベートヒーローらしさが感じられる。
注目はラボでの現場調査シーン。CIAなど様々な調査記録にアクセス(ハッキング)して自宅に現場をホロで再現してしまうハイテク捜査。熱発生状況のグラフを比較し、即座にテネシー州ローズヒルを割り出すトニーの推理力。まさにハイテク名探偵。
この辺の見せ方もMCUはうまい。探偵が本業のバットマンシリーズに負けて欲しくないところでもある。
そして何より、いくらハイテク機器があってもそれを使いこなす智力があってこそだと、トニーを見ていると痛感する。
ジャービスとのテンポの良いかけ合いも含めて、アイアンマンシリーズの魅力が凝縮されている名シーンだ。
◆ポンコツスーツ・マーク42
通称「放蕩息子」とも呼ばれた世話のかかる最新スーツ・マーク42。
そもそもマーク42そのものには何も罪はなく、未調整のまま戦闘に突入せざるを得なくなった…というより感情に任せて住所を公表してテロリストを挑発したトニーの軽率さが招いた結果でもあるのだが、とにかくマーク42は未完成な最強スーツだった。
その性能はスーツ紹介記事に詳しいが
アイアンマンスーツって、つまるところただの鉄の塊なんだよなってことを改めて映像で示してくれた、貴重な存在でもあったと思う。
裏を返せばそれは、「スーツそのものがアイアンマンなのではなく、スーツを着るに足る魂を持った人間こそがアイアンマンである」という本作のテーマを際立たせる効果も発揮している。
静物としてのスーツがある映像が楽しい「アイアンマン3」。
©︎MARVEL
アイアンマンってどこかちょっぴりおっちょこちょいの三枚目だからこそここまで愛されるキャラクターになったんだと思う。いつも強くてカッコいいのが、アイアンマンではないのだ。
◆トニー版「ダイ・ハード」
スーツが使えないからこそ、必然的に生身で戦わざるを得ない場面が多発する。それはさながらトニースターク版「ダイ・ハード」だった。
実は「ダイ・ハード」と似た要素が本作には結構多い。
- クリスマスのアメリカが舞台
- 愛する者が人質に
- 敵が知的なテロリスト集団
- 相棒(本作で言えばハーレー)のサポートで難局を乗り切る
ローズヒルのバーでの戦闘シーンは、スーツもなければ手錠までかけられた圧倒的に不利な状態で超人2人を相手にさせられる絶望的状況からスタート。
しかし、ガス漏れさせた店内でペンダントをレンチンするなど、トニーらしく知的で機転の利いた戦闘シーンが実に面白いし、それがまたありったけの武器でなぜか生き延びてしまうジョンマクレーンとも重なる。袖に隠し持った小型リパルサーレイという隠し玉での大逆転なんかも「ダイ・ハード」っぽくて良い。
そしてこれが、「スーツがあるから強いんじゃない」という本作のテーマを物語っているとも言える。トニー自身が持つ生き抜くセンス=「せこいトリックと減らず口」って、実はジョンマクレーンの持つ魅力ともよく似ている。
◆最高の相棒・ハーレー
本作におけるハーレーの存在は実に大きい。特に中盤でトニーに語りかけた、
「トニーはメカニックでしょ?自分で言ったよね。だったら何か別のつくれば?」
は、トニースタークがアイアンマンたる本質を見事に突いた最高のアドバイスだった。
彼のことを「アイアンマンで有名なトニースターク」としてしか見れない一般人には絶対に言えないセリフだ。
ハーレーは終始トニーのことを、「アイアンマンだから」ではなく、「メカニックだから」尊敬しているのだ。
(彼はトニーを特別視しておらず、終始おじさん(吹替版)と呼んでいる)
※その点で見ても、やはり彼は「エンドゲーム」であの場に立つにふさわしい存在だった。
そして、彼の言葉に本来の自分を取り戻したトニーは、ホームセンターにある材料だけで、マンダリンのアジトを攻略する装備を作り上げてしまう。
ムービー・マスターピース アイアンマン3 1/6スケールフィギュア トニー・スターク (マンダリン邸襲撃版)
これは、何もない洞窟でガラクタからリアクターとマーク1を作り上げた1作目「アイアンマン」のリプレイでもある。
そしてこの辺りを皮切りに、本作は少しずつ「ダイ・ハード」っぽさから「アイアンマン」っぽさへと回帰してゆく。
◆マンダリンの新解釈
原作のマンダリンは、正体不明の中国人で、宇宙から飛来した10個の指輪によって得たスーパーパワーでアイアンマンと戦うスーパーヴィランの1人だ。
10個の指輪とはまさに1作目「アイアンマン」にも登場したテロリスト集団「テン・リングス」の由来であり、その時からその存在は仄めかされていた。そんな真の大ボス登場となれば原作ファンもそれはそれは大きな期待を寄せていたことだろう。

Iron Man: Enter the Mandarin (2007-2008) #5 (of 6) (English Edition)
- アーティスト:Canete, Eric
- 作者:Casey, Joe
- 発売日: 2016/12/13
- メディア: Kindle版
だが本作はそれも裏切る。ご存知の通りMCUのマンダリンは、西側諸国を脅かす中東が生んだテロリストの象徴、印象操作のための架空の存在として登場したのだ。
これにまたガッカリしたファンも多いそうだが、これも私はかなりお気に入りの設定の一つだ。
そもそも1作目の「アイアンマン」が、ダメなアメリカのセルフパロディとして始まった映画だったことを覚えているだろうか?
本作のマンダリンの設定にも、それと非常に近いものを感じる。
実はビンラディンと親しい間柄だったことをリークされたジョージブッシュ。
マスコミを使った情報・印象操作や、その裏にある国家を挙げた戦争犯罪。今や、現実の方が映画より恐ろしい時代。そんな現代に、大真面目に10個の魔法の指輪で世界征服を目論む怪人を描くなんてことの方がかえって難しい時代なのかもしれない。
(「呼んだ?」)
むしろ現実社会のパロディとして悪役を描いた方が、リアルなテクノロジーを駆使して戦うアイアンマンにはお似合いなのだろう。
ローディの「こいつがマンダリン?!」というガッカリ感は、そのまま、「こいつがフセイン?!」「こいつがビンラディン?!」というあのときのアメリカの腰砕けと重なるのだ。
その意味で本作のマンダリンは実にリアルなヴィランだ。
中盤まで彼に騙された我々観客に対して「お前も"American Idiot"だ」と馬鹿にしてくる。
そんな社会風刺の利いたピリッとした作風もまた、アイアンマンシリーズが元々持っていた魅力の一つだ。
◆圧巻の大統領機乗務員救出劇
スーツの再起動に成功し、次々と飛来するマーク42のパーツと、腕や脚にのみ装着したスーツでキリアンの配下をバッタバッタと倒していくシーンの爽快感と映像の面白さは素晴らしい。
しかし、1340キロの長旅を経たスーツはカーバッテリーで再充電。マンダリン(トレバー)の水上ボートでチャージを完了したマーク42は再び空を舞い、大統領機の救出に向かう!
このシーンも、アイアンマンの真の強さを見事に描き出している。ジャービス曰く一度に救出できる人数は4人。アイアンマンスーツを使ったとしてもたったの4人。この時点で諦めてしまいそうな所だが、トニーは乗務員が地上めがけて落下している空中で、冷静に救出のための奇策を見出す。トニーの頭の中には、全員を助けると言う選択肢しかないのだ。
最高レベルのアーマースーツを身につけているから、最高レベルのサポートAIをつけているから、ではなく、装着しているのがトニースタークだから、アイアンマンはアイアンマンたり得るのだ。
見事全員を救出し、喝采を浴びるアイアンマン。ストレートにヒーローらしい展開はやはり胸を熱くさせる。
と、その直後トラックにはねられてまたバラバラになるマーク42。この三枚目な感じもまた、アイアンマンらしさである。
◆トニー版ダークナイトライジング(?)
ちなみに本作、その半年ほど前に公開された「ダークナイト ライジング」との共通点が結構多い。
※「アイアンマン3」が2013年4月公開、「ダークナイト ライジング」は2012年7月公開だった。
①一度は大敗を喫する
②アジトを破壊される
③「クリーンスレート」によって新たな人生をリスタートさせる
全く違った作風の2作だが、案外よく似ている。
だが、それぞれの「クリーンスレート」が持つ意味合いは、根本的には全く違っていた。
ダークナイトことブルースウェインは、バットマンであることを捨て、ブルースウェインとしての人生をやり直した。つまり、ヒーローであることを辞めるのである。
しかしトニーは、スーツは全て手放したが、スーツがなくても自分自身がアイアンマンである、というアイデンティティを獲得して新たな人生を歩み始める。彼はクリーンスレートによって真のヒーロー・アイアンマンへと羽化したのである。
※だからエンドロール後、「Tohny Stark will return」と映し出されたように、彼が再びスクリーンに帰ってくることは約束されているのだ。
ここに、本作のテーマは完結する。スーツがアイアンマンなのではない。スーツの中にいるトニースタークその人こそがアイアンマンなのだ。
3部作の完結編にして、スーツの魅力をあえてスポイルさせ、トニースターク自身の魅力にとことん光を当てた本作が、私は大好きだ。
21世紀にふさわしい新たなヒーロー像の創造と共に、20世紀王道ヒーローアクション映画への回帰も含めた、実に濃厚な娯楽大作-アイアンマン3-を、4Kの高画質で、是非。