HiPlay INART 1/12 バットマン『バットマン ダークナイト ライジング』
久しぶりにバットマン語ります。
本作で特に特にかっちょよかったなー!と思うのがEMPブラスターです。あれを構えるバットマンの姿にはまじで痺れました。
ところでこの「EMP」ですが、なんかやたらとこの映画にキーアイテムとして登場しています。もしくは「EMP」に準ずる様々な舞台装置が繰り返し登場します。
本作においてEMPとは「嘘」を暴く装置でした。そして「ダークナイトライジング」とは、簡単に言えば「嘘つきが負ける世界」の物語です。そんな本作の世界を「EMP」を軸に語ってみたいと思います。
EMPとは
EMPとは強力な電磁パルスのことで、これが一度放たれると周囲の電子機器はたちまち全て使用不可となります。特にIT化の進んだ現代においてこれは非常に強力な「武器」になります。
というか、戦争の武器だけでなく、通信手段から医療機器、インフラに至るまで、ありとあらゆるものを精密機器に頼っている現代において、EMPを使用するということは、私たちの生活を土台からひっくり返す行為と同義とも言えます。
そして本作「ダークナイトライジング」においてはこのEMPもしくは「EMP的なモノ」を、キャラクターや物語をひっくり返すための舞台装置として使用しています。
本作における「EMP」
EMPブラスター
まずは冒頭でも挙げたEMPブラスター。久方ぶりに復活したバットマンが乗っていたバットポッドに取り付けられていました。これを使ってベインの手下が持つタブレット端末のモバイル通信を妨害しようとしたものと思われます。
しかし、駆けつけた警官の銃撃によって即座に破壊されてしまいます。結果、バットマンは直接ベイン達を追いかけざるを得なくなりました。
個人的に、このEMPブラスターが警官によって破壊されたシーンは非常に象徴的だと思っていまして、バットマンとしてはあくまでもベイン達の持つ電子機器を狙って使ってるんですけど、人殺しの汚名を着せられている前提で見ると、犯罪者に向かって得体の知れないレーザー銃を使っているようにしか見えないわけで。だから「警察から追われる身となっているバットマン」を端的に説明するシーンとして完璧なわけですよ。
また、これは予想ではありますがこのEMPブラスターはトリガーを引かなくとも一定の電磁パルスを放ち続けているようで、バットマンの移動に合わせてトンネルの照明が落ちていき、バットマンが去った後はまた回復する、といった描写が見られました。
つまりここでのEMPは、「闇を味方につけるバットマンの演出の道具」として使われていることになります。
そして、そういった「演出」とは所詮「ウソ」でしかなく、だからEMPブラスターは破壊されたと見ることもできます。繰り返しますが本作では「ウソ」は必ず暴かれ否定されるものだからです。
バットマンのベルトに装着されたEMP
ベインのアジトでの決闘シーンで使われたものです。腰のベルトのスイッチを入れることでアジト全体が闇に包まれました。しかしそういった「闇を味方につける演出」はベインには全く効果がありませんでした。ベインもまた闇に生まれ、闇の力を武器に生きてきた「兄弟子」だったからです。
ここでも先ほどのEMPブラスター同様、「演出」に使われる武器は全てことごとく否定されていきます。
ちなみに、おそらくこれと同種と思われる装置をブルースもマスコミ相手に使用しています。杖をついて久方ぶりに報道陣の前に現れたブルースでしたが、色めきたつマスコミに向けスイッチ動作ひとつで彼らのカメラを一時的に動作不能にしています。
地下に仕掛けられたプラスチック爆弾
地下爆弾というか、「ベインの策略そのもの」がEMPのようなものだったと言えるかもしれません。ベインはダゲットをうまく利用してウェイン産業のあらゆる情報を盗み出し、ブルースの秘蔵の武器庫までをまんまと奪い取りました。
いわゆる「状況の転覆」とでもいいましょうか、バットマンが大切に秘蔵してきたもの全てが悪の手に堕ちた瞬間です。
地下で蠢いていた悪が、一気に地表に飛び出し、逆に街の警察官達がほぼ全員地下に閉じ込められる中盤のこの展開は、「地下」と「地上」の逆転をわかりやすく示しています。まさに「転覆」です。特に地下牢で苦汁を味わい続けてきたベインにとって、あの有名なスタジアム爆破のシーンは、地下から地上の支配者に登り詰めた記念すべき瞬間ですね。
本作ではこういった「転覆」「ドンデン返し」があらゆる局面で繰り返し起こり続けます。
ゴードンの原稿
ベインの策略にさらに説得力を持たせているのが、たまたま手にしたゴードンの原稿です。この中では、英雄と讃えられているはずのハービー・デントが殺人を犯し、その罪をバットマンが被っていた事実が赤裸々に語られています。
これをベインが暴露したことによってデント法の正当性が否定され、囚人が世に解き放たれました。一般市民や富裕層が身を潜め、犯罪者達が堂々と闊歩する新しいゴッサムが誕生します。「囚人」と「庶民」の反転です。これもベインによって行われた「転覆」です。
物語世界における「転覆」もそうですがこれは、前作「ダークナイト」のエンディングを真っ向から否定する行為です。これが重要なんです。本作は、嘘まみれで終わった前作「ダークナイト」の成功と勝利を否定する物語でもあるのです。
アルフレッドの暴露
前作「ダークナイト」でアルフレッドが燃やした手紙についても、結構サラッと暴露されます。
ブルースはレイチェルが自分を選んでくれたと信じていましたが、彼女の死の直前に書かれた手紙には、ハービー・デントとの将来を望む彼女の本心が書き記されていました。しかし彼女亡き今、そしてハービーがトゥー・フェイスという怪物に堕して死んだ今、その手紙には何の意味もありません。アルフレッドはブルースのためを思ってその手紙を焼いてしまいます。
...というのが前作「ダークナイト」のラストだったのですが、やはり本作は嘘を徹底して排除する世界です。その嘘によって隠された真実も全て白日の元に晒されることとなります。これは、シリーズで初めて描かれた「主人」と「執事」の転覆と言えるでしょう。
クリーンスレート
ネット上の特定の個人の経歴を抹消することができるスーパーツール、それがクリーンスレートです。セリーナはこれを使って前科をまっさらにし、新しい人生を求めていました。その機能と特性は、とてもEMPっぽいです。というか、本作のメインキャラクターは皆、「クリーンスレート」を求めています。
セリーナはもちろん、ベイン(厳密にはタリア)は達成されることのなかったラーズの運命を叶えることを目的に暗躍しており、これも言うなれば「過去の精算」であり、「クリーンスレート」と同義です。
そしてブルースも同様で、コウモリに襲われた恐怖と、両親が目の前で殺された悲劇、そして愛する人をも殺された絶望感、あらゆる過去を精算するため、「死」を求めてバットマンに復帰しています。しかし...。
核爆弾
途中で開発を断念してしまった核を用いたクリーンエネルギー、ベインの手で核爆弾に改造されてしまいましたが、これも街を一瞬にして吹き飛ばしてしまういわば物理的な意味での「転覆装置」「EMP」もしくは上述の通りベインにとっての「クリーンスレート」です。
ただ、これに関しては結果的にバットマンの存在を抹消するためにブルースにうまいこと利用された、という印象が強いですね。
セリーナがクリーンスレートで自分の過去をリセットして新しい人生をスタートしたのと同様に、ブルースはこの核爆弾でバットマンという存在を精算して新しい人生をスタートしました。つまりブルースにとって核爆弾=クリーンスレートだったとも言えます。
バット内蔵のEMP装置
まさに本作終盤の核爆弾争奪戦の鍵を握ったのが、飛行艇バットに搭載されていたEMP(シルバーの四角い箱)です。バットマンはこれをゴードンに託し、起爆装置の命令を遮断することに成功します。
ブルースが「ゲームを取り戻す」と宣言した通り、起爆装置の無効化によってベインによる支配を転覆させる契機を掴むことができました。
そしてその過程でミランダの正体がタリアであったという嘘も明るみになっています。嘘は必ず暴かれ、嘘をついた者も相応の報いを受ける、というのが本作の世界ですEMPによって起爆装置が無効化され、タリアは自らトラックに乗り込まなければならなくなり、最終的に作戦が阻止され彼女の死にもつながりました。
本作の「ドンデン返し」ともよく言われるタリアの存在ですが、彼女の存在そのものが「転覆装置」=いわば「EMP」であり、そんな彼女の策略を打ち砕くのもまた「EMP」でした。
核爆弾とEMPの側で孤軍奮闘していたゴードンの健康状態が心配です...。
EMPが放たれた後に
EMPが放たれるとあらゆる電子機器がダメになりますが、それを夜に使うとバットマンに有利な「闇の演出」になります。
昼間に使うとどうなるでしょう?あらゆる策謀や陰謀、演出や嘘や誇張の全てが消え去って、戦場はまさしく野戦状態になるはずです。
本作は、上述の通り「地上と地下」、「金持ちと囚人」、「主人と執事」、「嘘と真実」、「過去と未来」...あらゆるものの関係が逆転し世の中が転覆するさまを描いていますが、最終決戦で描かれたのが「昼と夜」の逆転でした。
そもそも本来夜にしか現れないはずのバットマンが、白昼堂々警官隊たちと共にベインと戦っているイメージショットが公開された時点で「?!」だったわけですが、前作「ダークナイト」で大量に張り巡らされた嘘や策謀の全てを白紙に戻し、まっさらにした後に残るのが、シンプルな人と人との殴り合いである、というのはまさに本作の最終決戦ですよね。
そしてそんな本作に選ばれたヴィランが頭脳派兼肉体派のベインだったのも実に納得できます。前作「ダークナイト」で大量に積み残した嘘の精算ができる相手は、ベインしかいなかったんです。
最後に残った「嘘」
そう考えると、ブルースは最後の最後に「嘘」をついていましたが、これはどう説明すれば良いでしょうか?
核爆弾の爆発と共にバットマンは洋上で死んだことになっています。「バットマン」もまた街を騙した嘘つきの贖罪で死んだと考えることもできますが、ブルースの場合はどうでしょう?わざわざ墓石まで立てられていましたが、ラストシーンでブルースは生きていたことが発覚しています。
これは、「死と生」の逆転です。劇中、特に地下牢のシーンで描かれていたことですが、死を求める者の覚悟ではなく、生への執着と渇望が戦うための力になる、という医者の言葉がブルースを大きく変えました。ベインたちのように、自らの命も捧げて願望を叶えるのではなく、あくまでも自身の生にしがみつくことがブルースのたどり着いた最終解答でした。
公人としての「ブルースウェイン」をわざわざ死なせた理由ですが、実はバットマンだけでなくブルースウェインという存在もまた演出、仮面であったという解釈は可能だと思います。事実、ブルースウェインが表に出るだけで小型EMPを使って黙らせないといけないくらい、彼の存在はマスコミの注目を集めてしまいます。仮にバットマンを捨てたとしても、彼には未だ公人としての生活が強いられることになるでしょう。
ただの「一人の男」として新たな人生を歩むためには、自身の名前と街も過去も捨てるしかなかったのでしょう。
"Start fresh"
ブルースがセリーナに語った言葉はそのまま、彼にも跳ね返ってくる言葉でした。
本作が嘘を暴いて真正面から対決させることを大テーマにしていたとすれば、そこで見られるのは超王道のアクション映画になるわけで、だから通りで私好みの「ヒーロー映画」になってるわけだ、と妙に納得させられましたね。