第2話 コスモナウト
5 Centimeters Per Second [Blu-ray] [Import]
1話はコチラ。
※もちろんネタバレを含みます。
- ◆「コスモナウト」の楽しみ方
- ◆青臭い思い出の数々
- ◆交わらないことの美しさ
- ◆「分断」と「円」のイメージ
- ◆中2病貴樹
- ◆花苗が貴樹に惚れた理由
- ◆花苗が告らなかった理由
- ◆貴樹は花苗をどう思っていたのか?
- ◆貴樹を縛るキスの呪い
- ◆やっぱりどうしようもなく好き
◆「コスモナウト」の楽しみ方
1話の記事でも書いた通り、友人と「秒速」を見た後の感想はいつも男女で真っ二つに割れる。
男はじっくり悦に浸りながら切ない表情を浮かべ、女は大体首をかしげる。女からすれば、本作は男のキモイ妄想に満ち満ちたアニメらしい。
今回はそんな「秒速」の中でも比較的女性評価が高い第2話「コスモナウト」を扱う。
本話では、序盤から中盤にかけて語り手の目線が新キャラクター・澄田花苗へと移行。彼女は何も知らずに根暗中2病イケメン貴樹に一目惚れしてしまい、片想いを拗らせているのだが、彼女の恋模様を追いかけているだけなら本話は実に爽やかな快作だ。
しかし、コインの表と裏のように、貴樹サイドの物語は実に黒々としていて痛々しい。
第2話は、このコントラストを楽しむ物語だと思っている。
◆青臭い思い出の数々
晩夏の涼しい風と夕暮れのひぐらし。車内に響く懐かしいJ-POP。急かされて書いた進路調査。たまたまのふりして待ち伏せした帰り道。気があるのかないのかよくわからない相手の表情。セーターの袖からはみ出た小さな手。結局くだらない言葉しか出てこない2人の時間。...
男女問わず、誰もが胸うずく「あの頃の香り」に本作は満ちている。ロケ地は種子島だが、誰もが通った「あの頃」の最大公約数はあちこちに散りばめられている。
そんなありふれた世界で彩られた2人の「付かず離れず」の姿に、思わず自己の一部を投影してしまったはずだ。
◆交わらないことの美しさ
それだけリアルな本作だからこそ、もしこんな男女が本当に存在したら、貴樹は遠く明里のことなんか忘れて目の前の花苗と付き合うはずだと私は思う。
で、実際付き合ってみたらどーしようもないどーでもいいような小さなことがお互い鼻についてあっさり別れたり、またくっついたり...ってな具合に、あの頃の思い出を美しいものだと思っている人は同時に存在しているはずの黒歴史の方には見向きもしない。
だからか本作では、黒歴史を紡ぐこともなく2人は離れる。
だから美しい。恋とは、募らせているときが最も美しい。本作に惹かれたあなたは、結ばれない2人の姿をこそ愛でているはずだ。
…なんて男のロマンが女には気持ち悪いのだろうか?
◆「分断」と「円」のイメージ
新海誠作品 Still Photography Collection 秒速5センチメートル TypeB
これは既に随所で指摘されていることだが、劇中にはこれでもかというほど画面を二つに分断する映像が繰り返し登場する。
空を縦に分かつ夕陽の輝き。
カブのサイドミラーに映る白線。
夜空に浮かぶ天の川。
満月の真ん中を貫く電線。
空を真っ二つに裂いて飛び立つH2ロケット...。
これは、決して結ばれることのない貴樹と花苗、更には貴樹と明里の運命を暗示しているのは間違いない。
だが、案外他所でも指摘されていないのが、単に分断するだけでなく、丸いものを真っ二つに分断しているケースが多いこと。
そう、貴樹と花苗はもちろん、貴樹と明里でさえも、本当は実に簡単に手が届く距離にいる=輪の中にあるにも関わらず分断されているのだ。これは非常に重要なポイントだと思う。
要は、本当に明里のことが忘れられないのなら、会いに行けよと。
◆中2病貴樹
2話の段階で、実は貴樹は相当苦しみ始めていたことが明らかとなる。
ハッキリ言って相当ヤバい状況にある。
- 出す宛のないメールを打っては削除
- タイトルと文面がかなりイタイ
- その妄想の世界を映像化(もっとイタイぞ)
- 「時速5キロなんだって」という花苗の言葉に「えっ」とか反応しちゃう
- 「力」に固執した結果学歴を追い求めてあてもなくガリ勉化
- 花苗になでられている犬を死んだ魚の目で見つめている
誰かこいつを助けてやってくれ...。
◆花苗が貴樹に惚れた理由
きっと貴樹の「明里と精神的に似ている」と言われる部分に、花苗も反応したのではないかと思う。
それはきっと、
「物事を達観しているような雰囲気」だったり、
「遠くの何かを掴もうとしている遠い目」だったり、
そういう、同年代のお子ちゃまな男子にはない少し大人びた彼の雰囲気なんだろうな。でも花苗、そいつは沼だぞ、うかつに手を出しちゃいかん。
◆花苗が告らなかった理由
「やさしく...しないで」
貴樹の前で泣いてしまう花苗。
波に乗れた最高のタイミングで自信を持って告白するはずだった花苗だが、実際に貴樹を目の前にすると、彼の目に、自分なんて映っていないということに改めて気付いてしまう。
しかし貴樹は優しい。決して彼女を拒絶しない。そしてそんな彼が好きだからこそ、それ以上の関係を望んでしまう。
けれど、それはもう無理だとわかった瞬間、フラれるに決まっているのに告白しようとしていた自分の愚かさと、告白しちゃうと今の関係が壊れてしまうことへの恐怖と、かといって告白しなければ自分の思いは満たされないことへの歯痒さで胸がいっぱいになって、辛くて苦しくて泣いてしまったのだろう。
どう転んでも、彼女の望む未来はどこにもなかったのだ。
なのに、貴樹は相変わらず涼しい顔で優しい笑みを湛えていることが何にも増して許せなかったに違いない。
ほら貴樹、お前女の敵だぞ。
◆貴樹は花苗をどう思っていたのか?
貴樹だって、なんだかんだ結構花苗のこと好きだったんだろうと思う。
けれど彼もまた内心気付いていたのだろう。常に自分が、花苗の上に明里の面影を重ねていることに。
その典型が、「時速5キロなんだって」「えっ...!」のシーンだと思う。
※実は本作で一番好きなシーンです。
本当は明里のことなんて忘れた方が楽なのも分かっている。だから香苗のように犬みたいに素直にしっぽ振ってくれる女の子と付き合った方が楽だし幸せなのも分かっている。
「澄田はいつも真剣だよね」
と花苗に語ったセリフがその証拠だ。花苗はいつも真剣だけど、貴樹は真剣じゃない、本気じゃない、踏み込もうとしてない。
その意味で貴樹は花苗を少し馬鹿にしている。だから貴樹は香苗に優しくできるのだ。
そしてそれは、上述の通り花苗にはしっかり見透かされていた。
◆貴樹を縛るキスの呪い
貴樹は無意識に、明里以外の全ての女性を見下してしまうようになった。
それは、最上の思い出として、あの夜のキスがあるからだ。そしてその脆く儚い唇を守れる強い自分になるために、彼はあてもなく力を求めてもがき続けていく。
だが、この時点で気付くべきだった。彼は実は、明里でさえも愛していなかった。彼が愛しているのは、明里ではなく明里との思い出だ。
その証拠に、また会いに行けば良いのに、貴樹は一度も明里に会いに行こうとはしなかった。再会した明里とあの夜の関係に戻れる確信が、彼にはなかった。
※手紙が途切れ始めたことが第3話で明かされる。
それでも会いに行く、そして自分の魂に決着をつける、その一歩を踏み出すことが、貴樹にはできなかった。
その意味では実のところ貴樹と花苗はそっくりなのかもしれない。2人とも、意中の人の元へと飛び込むことができず、ただまっすぐに飛んで行くロケットを、黙って見つめることしかできなかったのだ。
◆やっぱりどうしようもなく好き
花苗もまた、貴樹への想いを抱えて生きていくことになってしまった。本話は、花苗のこんな言葉で締めくくられる。
「それでも、それでも私は、遠野くんのことを、きっと明日も明後日もその先も、やっぱりどうしようもなく好きなんだと思う。
遠野くんのことだけを想いながら、泣きながら、私は眠った」
この台詞、実は明里が貴樹に渡さなかった手紙に書かれている告白と似ている気がする。
明里も花苗も、貴樹のことを「これからもずっと好き」だと思っていた。
でも明里の未来を知ってるから女の「ずっと好き」はこれっぽっちも信用してませんが(笑)。
それに、直感的にではあるけれど、花苗はこの失恋を糧に強く前に進めるコだと思う。だから貴樹みたいにはならない。花苗は、きっと大丈夫。
でも、それでもやっぱり、その「好き」は永遠に続くに違いないって信じちゃう青臭さが、私は大好きなんです。
だから気持ち悪いってバカにされても、やっぱり私、この作品はどうしようもなく好きです。
次は、貴樹の物語の終着駅となる第3話「秒速5センチメートル」にて!