過去2回に渡って偏見MAXのレビューをしてきた本作も今回でいよいよ最終回。
鬱エンドなのか?
初見時、2話では一切登場しなかった明里が久方ぶりに登場。
しかしその左手には指輪が...?!
まだケツが青かった当時の私は「頼むから、相手は貴樹であってくれ!」と祈るような気持ちでその後の展開を見守った。
...やっぱり相手は貴樹じゃなかった。
第1話「桜花抄」での桜の木の下のキスが忘れられないのは、実は貴樹だけではなかった。私もそうだった。だから、明里がよくわからん男と結婚すると知って、胸の奥が真っ黒に染まるような息苦しさを感じた。嘘だろ明里、嘘だと言ってくれと。
この作品が実に見事なのはここだ。第1話の、少年時代の貴樹に感情移入したまま第3話まで来てしまった人間にとって本作は、胸糞悪いバッドエンドになる。
しかし、酸いも甘いも経験した「大人」から見ればどうだろう?
中坊が経験した初めてのキスの余韻を一生引きずった男が、遠距離恋愛を成就させて見事ゴールインするなんて基本的にはありえない。そんなのドラマか小説の中だけのお話に違いない、それがわかっているはずだ。
貴樹は一途だったのか?
そもそも、第1話で明里を守れる男になりたいと誓った貴樹は、本当にずっとずっと明里のことだけを想い続けていたのだろうか?
この問いに対し、以前の私なら「そうに決まっているだろ!」と即答していただろうが、大人になった今はそうとも言い切れないと感じている。
第2話の記事でも触れた通り、もし本当に明里のことが好きならば、直接会いに行けば良いのに、貴樹は一度も会いに行かなかった。それどころか、割と転校先の花苗といい感じだった。
元々貴樹の胸の中にあったものはこれだ。
「明里が好き」(目的)
↓
「守れる力をつけたい」(手段)
しかし、いつしか肝心の「明里が好き」という根っこにあったはずの想い(目的)が薄れていったように見える。それは、第2話と第3話で断片的に挿入された様々なカットからも類推できる。
- 中学時代はある程度続いていた明里との文通が、どちらからともなく途絶えていった
- そのことを気にしつつも、次第に種子島での生活を楽しむようになった
- 花苗との付かず離れずの関係はクラスメイト公認
- 花苗の何気ない一言(「時速5キロなんだって」)でやっと明里を思い出す
- 「出す宛のないメール」の妄想世界では少女の顔は見えていない(明里かハッキリしていない)
貴樹を苦しめ続けたもの
第2話の最後でギリギリもう一度「明里への想い」を取り戻したようにも見えた貴樹(脳内世界の少女は明里の顔になった)。
しかし、第3話で貴樹はこのように語っている。
この数年間、とにかく前に進みたくて、届かないものに手を触れたくて、それが具体的に何を指すのかも、ほとんど脅迫的とも言えるようなその想いがどこから湧いてくるのかも分からずに、僕はただ働き続け、気づけば日々弾力を失っていく心がひたすらつらかった。そしてある朝、かつてあれほどまでに真剣で切実だった想いがきれいに失われていることに僕は気づき、もう限界だと知った時、会社を辞めた」
「かつてあれほどまでに真剣で切実だった想い」とは、明里に対する想いのことだろう。であるならば、上述の「明里が好き、守りたい」という本来根っこにあったはずの大目的が失われ、恐ろしいことにそのための「手段」でしかなかったはずの「力をつけたい」という頑なな意志だけがいつしか「目的」とすり替わって貴樹の中に残存し続けた。
そしてそれが、「脅迫的とも言えるようなその想い」の正体である。しかし、根っこが枯れて腐っているので、その想いが「どこから湧いてくるのかも分から」ないのである。
明里が好きって気持ちは失われたのに、強くならなきゃという意志だけが残された結果、貴樹は空っぽのガリ勉エリートに成り果てたのである。
キモイ理由
言わば、根っこが腐って地面に乗っかってるだけの雑草状態である。根っこにあるはずの人を愛する気持ちさえも見失った彼だから、恋人ができても愛せない。
ほんの一瞬、サブリミナルカットのように挿入されるベッドシーン、2人の距離がすごい。間に大人3人くらい入れそうなほど離れてる(笑)
クリスマスの夜の電話も無視するし、これは女を敵に回す行為ですね(笑)
仕事も辞めちゃうし、エレベーターで鍵落とすし、拾わないし。
そして本作は、そういうどうしようもなくくたびれちゃった貴樹の姿を、ちょっとナルシシズムを込めて描いている節がある。こんな落ちぶれた俺、カッコイイだろ?と。だから多分、男の妄想に付き合う気のない冷めた現実主義的な生き物=女性から「キモイ」って言われるんだ。
ハッピーエンド?
キャラアート(CHARA-ART) 【秒速5センチメートル】秒速5センチメートル/キャラファインアクリルB4【**/B4】
社会人にもなって落ちぶれた自分を憐れむ中2病貴樹くんは最終的に落ちぶれたまま終わったのか?それが確かめたくてもう一度見返してみた。
やはり注目すべきは、踏切で明里とすれ違った後の貴樹の表情だ。
今振り返れば、きっとあの人も振り返ると強く感じた。
電車の通過後、誰もいない踏切の対岸を振り返った貴樹は、しかし笑顔だった。これは間違いなく、貴樹にとってハッピーエンドであることを暗示している。彼は、何も得られなかった過去と決別し、新たな一歩を既に踏み出しているのだ。
よくよく考えれば、そもそも仕事を辞めた時点で貴樹は「あてのない力への渇望」から脱却している。それまでの彼にとって仕事とは、勉学と学歴によって獲得した力の象徴だからだ。
そんな貴樹だからこそ、仮にここで明里に会ったとしても、もう何の未練もなく前を向くことができる。
もはや「そんな時期もあったな...」なんて過去のこととして笑い流せるほど彼は明里(初恋)との別離を乗り越えているのだ。
しかしなぜ貴樹が過去を振り切って前進できたのか?本作が面白いのはそこだ。
それは、長い長い時間をかけて、貴樹の中にあった明里への想いも、強くなりたいという漠然とした意志も、徐々に徐々に失われていったからだ。それこそまさに、秒速5センチメートルくらいで。
それは、初恋を初恋のまま抱え続けたい童貞少年にとっては完全なるバッドエンドである。
しかし、初恋を卒業した大人にとってはハッピーエンドだ。大昔の恋を引きずるのをやめて、ようやく貴樹は本当の自分の人生を歩み始めるのである。
女は◯◯、男は△△
普通のドラマであれば、新しい恋人ができるか、新しい職場や人間関係が彼を立ち直らせるのだろう。しかし本作は終始、ゆっくり流れる時間によって人心が変化してゆく。
まさに花びらが落ちるほどのゆったりとしたスピードで、それは残酷にも愛し合った男女をじっくりいたぶるように引き裂いていく。
しかし困ったことに、男はそれよりも更に遅いスピードでその現実を受け入れていく。明里はとっくに貴樹との初恋を終えて結婚相手との人生を歩み始めていたが、貴樹は=男はそれよりも遥か後方をたらたらと彷徨い歩いていた。
2人の生きるスピードがずれてしまったのは、第1話の記事でも述べたように、あの夜のキスが原因だ。
たった一回のキスが、男には一生モノの恋の呪いをかけ、女からは告白の機会を奪った。結局この日のキスが2人をばらばらにした。
「女は上書き保存、男は名前をつけて保存」なんて言うが、男にとっての恋愛はまさにタトゥーのようなものである。一生体に残る烙印だ。
…こういうのも女からしたらキモいんだろう。いつも思うことだが、男は過去の恋愛を美化して語りたがるのに対して、女は大概過去の男を罵って笑いものにする。いつの世も、やはり女はたくましい(笑)
なんて胸糞悪い話なんだ...と思いながらもその胸糞悪さを味わいたくて何度も見返した私もまたダラダラと過去を彷徨い歩いていた「もう1人の貴樹」だ。
しかし、そうやって男を自己憐憫の迷路に突き落とす本作にも、しっかり出口が用意されていた。そのことを、最後の貴樹の笑顔は教えてくれている。答えは単純だ。ただ時が経つのを待つだけで良かったのだ。
時間は、彼らを離別させた本作のヒール(悪役)でありながら、彼らを救いもした。そして私の胸にも残っていたはずの初見時のどす黒い何かも、時の経過と共にどこかへ消え去っていた。