子どもの頃、ヒーローってのはみんな単純に「いい人」みたいなくくりで捉えていた。
けれど、思春期に平成ライダーにどっぷり浸かって、正義が一つではないことを知って、バットマンビギンズでもう一度「バットマン」を捉え直して、仮面ライダーもバットマンも、どっちも元々同じ悪から生まれた存在で、それが彼らのアイデンティティでもあると知り、「いい人」だと思ってきたヒーローたちの「裏側」が気になるようになった。それは、ヒーローとしての仮面ではなく、仮面の下の素顔=人間としての部分だ。
そして、実はそれまでヒーローに対して「カッコいい!」と感じていた何かというのは、それが正義かどうかなんて関係なく(ヴィランでもカッコいいと思えるように)、ただ本気かどうか、それだけなんだとわかったときに、人の心を打つ何かを持っている人は、どこか狂っているんじゃないかと思うようになった。
世の中に何か大きな爪痕を残す人というのは、必ずどこかが常識の範疇を超えて狂っている。
そして、狂っている人ってどこかカッコいい。
何十年にも渡って金にもならない自警活動を続け、二重生活で心身を擦り減らし、それでも犯罪と戦い続ける男、
バットマンとは即ちキチガイなのだ。
バットマンはサイコパス
Batman v Superman: Dawn of Justice - Official Teaser Trailer [HD]
「バットマンvsスーパーマン」という作品が、いかに賛否を巻き起こした作品であったかということは認識しているつもりだが、その批判のいくつかには反論せざるを得ないものもあり、この場を借りて発信しておきたい。
◆「マーサ」の一言で許しちゃうの?
スーパーマンとの対決の終盤、クリプトナイトの槍で追い詰めたバットマンだが、クラークの一言で手が止まる。
「マーサが殺される…!」
その後はまるで人が変わったように、マーサ救出に向かい、スーパーマンと協同でドゥームズデイにも立ち向かう。結果的には殺しかけたスーパーマンと和解。その変わりように違和感を覚えた人も多かったのだろう。
だが私に言わせれば、今まで何を観てきたんだ?と言いたくなる低レベルな感想としか思えない。
では何がバットマンを突き動かしているのだろう?
「親」というのも重要なファクターなのは確かだが、本質的にはそこではない。
ブルースはクラークを引きずりながらこう言っている。
「お前の親は生まれてきたことに意味があると教えてくれたようだが、俺の両親の教えはこうだ。人は訳もなく路地裏で死ぬ」
クラークにも育ての親がいることを知っていて尚殺す気まんまん。
だからやっぱり、クラークの義母の名前がブルースの母と同じ「マーサ」という名前だと気づかなければ、間違いなくブルースはあの場でクラークにとどめを刺していた。
目の前の「エイリアン」が実は同じ名前の母を持つ「人間」であったと知り、その母親=マーサが今また殺されようとしている、そのシチュエーションのみが、彼を修羅から引き戻したのだ。
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◆そんなの「ヒーローとして」どうなの?いい加減すぎない?
その疑問自体がおかしい。そもそもバットマンはヒーローなんかじゃない。過去のトラウマに囚われた、精神異常者なのだ。
繰り返しになるが、あの瞬間彼の耳に入る言葉が「マーサ」だったからこそ彼は踏み止まることができた。
突然目の前で両親を奪われた衝撃。そしてその葬儀の日に暗闇で対峙したコウモリの恐怖。
彼の心はその日から闇に閉ざされてしまった。
彼が夜な夜な街に出て路地裏の犯罪者を狩りに出かけるのは、もう二度とマーサの悲劇を、自分の身に起こった悲劇を繰り返させないためだ(実はヒーロー達の中でバットマンのように自ら犯罪者を探しに=通報前に行動を開始するタイプは珍しい)。
だから彼は自らの心の傷と毎夜向き合っている。
「あの日の路地裏」へ自ら身を投じ、毎夜「リセット」を試みているのだ。
ーあの日の夜、こんな風に悪党を懲らしめる闇の騎士がいたらー
心はあの夜、両親を目の前で奪われたあの日から一歩も動いていない。
だが、奪われた両親は帰ってこない。心の傷が癒えることも決してない。
◆あの黒い落書きスーツは何?原作知らないんだけど
だから彼は自警活動を通じて擬似家族を形成した。相方のロビンがそうだ。
おそらくロビンと共に犯罪と戦った日々は、ブルースの心を幾らか癒してくれたに違いない。
だが、そんな日々は長くは続かなかった。
ジョーカーによるロビン爆殺事件。劇中で詳細は描かれていないが(原作の知識があればわかる人はわかる)、
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その悲劇が彼の心に更なる傷を負わせたのはあのワンカットで十分伝わってくる所だ。しかし彼はその傷ともやはり真正面から向き合う。
まるで自戒を込めるように、敢えて目立つ階段の踊り場のド真ん中にディスプレイして。
◆なんであんなにスーパーマンを敵視するの?
そんな中メトロポリスに現れたスーパーマン。改めてブルースの目線でスーパーマンを見てほしい。
※本作では「マンオブスティール」クライマックスのゾッド将軍との決戦が、一般人目線で描かれている。
大事な部下を殺され、街を破壊し尽くされた惨状を前にして…
スーパーマンが「宇宙から来た破壊者」にしか見えなかったことだろう。
決定的だったのは、破壊されたビルで母親を失った少女を救出したことだ。
自身の境遇と重なって見えたに違いない。
そして、長年の戦いで多くを失ったブルースにとって、スーパーマンの強大すぎる力=「悪」にしか見えなかったのだろう。
まさにあの日の夜、幼く無力だったブルースの前に突き付けられた銃口のように。
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バットマンにとって、無力な弱者に向けられる銃弾こそが最大の敵だ。スーパーマン=凶弾となった今、そして勝ち目が万に一つとなれば、彼の全人生をかけて倒すしかない。
それが、凶弾に倒れた両親への誓いであり、彼のコンプレックス=生き方なのだ。
◆修羅からの脱出=マーサ救出と自己救済
そんなブルースにとって、スーパーマン自身の口から「マーサを助けてくれ」と言われたことは、世界が大逆転する衝撃であったに違いない。
この瞬間、破壊すべき「両親を奪った銃弾」が、救出すべき「あの日の自分」に変わったのだ。
そして状況を悟ったバットマンが言う、
「今夜マーサは死なせない」
これこそがバットマンの信念、生き方の表出だ。
余談だが、ここで自分が行けば数秒でマーサを救出できるものを、彼の言葉を信じ、あえてバットマンに任せるスーパーマンが良い。
この瞬間こそが、本作における「ジャスティスの誕生」だ。
その後のマーサ救出劇における戦闘シーンもまた素晴らしく、ここで本作のテンションは最高潮を迎える訳だが、
擬似的にとは言え、このマーサ救出の瞬間こそが、何十年と彼を苦しめてきたトラウマからの「自己救済」だったのではないかと思う。
マーサを救うことで、目の前で両親を殺された無力なあの日の自分を超克する。
そうして彼は、新たな一歩(=ジャスティスリーグ結成)を踏み出すことが可能となったのだ。
新たな仲間=家族を旧ウェイン邸に招くところで次回作「ジャスティスリーグ」は幕を閉じる
◆ベンアフレックが演じたブルースの陰翳
原作コミックとしては「ダークナイト リターンズ」抜きにバットマンの魅力は語れないと言われており、それを様々な形で焼き直したのがこれまでの実写化作品群だ。
だが、病的なブルースの心の闇を見事に演じた俳優としては、やはりベンアフレックの右に出る者はいなかったと思う。
憂いを湛えた瞳。重みのある瞼。がっしりとした反面やつれた表情。
無言の芝居の中に、ブルースの魂が宿り、独特のオーラを放っていた。
今回連載したベンアフバッツの記事が、現在当ブログでも最も反響を呼び、多くの方に読んで頂いている事実からも、こんなにベンアフバッツを愛している人がいたんだということがわかって、本当に嬉しい。
だからこそ改めて自信を持って言える。ベンアフレックこそ至高のバットマンだったと。ありがとう、ベンアフレック。
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