私が世界で一番美しいと思う和訳をご紹介したい。それは、ニール・セダカの「涙の小径」だ。
ニール・セダカ 涙の小径(日本語) 1966 / The World Through A Tear
ニール・セダカといってももう知らない人が多いかもしれない。彼こそは、50年代〜60年代を代表するアメリカンオールドポップスターのひとりだ。
彼の代表曲といえば
「カレンダーガール」「恋の片道切符」「すてきな16才」などなど...
聞いたことならあるという人も多いだろうが、彼の高らかで伸びやかな歌声とキャッチーでポップなリズムに乗せられた、時折切ない言葉が織りなす世界観は実に美しく、現代でも50〜60代に根強いファンが多い。
なんとそんな彼が自ら日本語の歌詞を歌い上げたのが、この「涙の小径」だ。
元々 "The World Through A Tear" というタイトルで作られた楽曲に日本語の歌詞をつけたもので、その意味ではこれは厳密には「和訳」ではないのかもしれない。
しかし、ポップで少し寂しくも壮大なオールディーズサウンドが、素晴らしいワードセンスで紡がれた日本語版の歌詞によって、トレンチコートを羽織って夜道を彷徨う「日本の唄」に様変わりするのである。
どこをどう調べても、この日本語版の歌詞の作詞者の名前が見つからなかったのだが、私はこれこそが至高の「和訳」だと思っている。
「涙の小径」歌詞
まずは比較しやすいよう、原曲 "The World Through A Tear" の英語の歌詞の下に、「涙の小径」の歌詞をつけてみた。
Grass is green
Like I've never seen
Sky above was never so blue
君を夢見ては 君を恋しては
Now here am I
No one standing near
It's a lonely world
Such a lonely world
歩いたこの小径
今ひとり ただひとり
The world through a tear
From days gone by
The world through a tear
Too slow to dry
The world through a tear
The tear I cry
思い出の小径を
歩くとき 涙が
ほろほろ こぼれる
Just last year
We wandered here
And dreamed a dream
That never would die
虹を追いかけて
夢を描いては
Now only me
Hopin' she'll appear
It's a lonely world
Such a lonely world
歩いたこの小径
今ひとり ただひとり
The world through a tear
From days gone by
The world through a tear
Too slow to dry
The world through a tear
The tear I cry
思い出の小径を
歩くとき 涙が
ほろほろ こぼれる
"The World Through A Tear" 直訳(自作)版
次は英語版の歌詞を私が直訳したもの。「涙の小径」と是非比較しながら読んでみてほしい。
見たことないほど 草は青々と茂り
これまでにないほど 空は青い
そしてぼくはここにいる
そばにだれもいない
ひとりぼっちの世界
そんなひとりぼっちの世界
それは思い出の涙の
乾くには遅すぎる涙の
涙の世界
それは去年のこと
ふたりでここをさまよい歩いたね
そして 決して消えない
夢を夢見た
今はぼくだけ
貴女がまた現れることを願いながら
ひとりぼっちの世界
そんなひとりぼっちの世界
それは思い出の涙の
乾くには遅すぎる涙の
涙の世界
◆解説
「こみち」…?
「涙の小径」というタイトルだが、お分かりの通り原曲には「小径」なんて英単語としても一切出てこない。
しかしこの歌詞を読んで、夜道を連想した人が多いのではないだろうか。そしてひとり孤独にさまよう男の背中も目に浮かぶはずだ。ちなみに、どちらの歌詞にも「夜」という言葉は出てこない。
だが、英語版の歌詞からは、冒頭の詩の影響だろうか、かなり色鮮やかで広々とした空間が目に浮かぶはずだ。
両者が描く「孤独の世界」は真逆なのだ。かたやモノクロームの細い夜道、かたや色鮮やかな広々とした草原。
我々日本人にとっては、どちらが「孤独」という言葉とマッチするだろうか?その感覚を凝縮した「小径」というワードチョイスに脱帽だ。
音韻の和訳
「和訳」と言えばつい英単語をパズルのように日本語へと置き換えていく作業のように思ってしまいがちだが、そんなことをしていると、歌詞が元々持っていた対比構造や音韻の心地よさなんかも全て殺してしまう。
その点、「涙の小径」は実に素晴らしい。例えば、
It's a lonely world (いま ひとり)
Such a lonely world (ただ ひとり)
赤文字の部分は音がぴったり重なる。加えて "lonely world" という言葉は構造的にも意味的にも「ひとり」と重ねられている。
オノマトペの魅力
サビにも注目したい。英詞では "the world through a tear" が三度繰り返される。
The world through a tear
From days gone by
The world through a tear
Too slow to dry
The world through a tear
The tear I cry
後置修飾3連チャンである。
1思い出の涙、2ゆっくり流れる涙、3私が流す涙…。言葉は違えど、この3つが和詞にも同じ順番で含まれている。
思い出の 小径を歩くとき 涙が ほろほろ こぼれる
やはり「ほろほろ」というオノマトペが実に情緒的。ポロポロとも違い、ほろほろでは、自然に、勝手に、しかも静かに溢れてしまうという印象が強い。曲のテーマである「孤独」にもぴったりだ。
後置修飾のように、英語には英語らしい言い回しがあれば、オノマトペのように、日本語には日本語らしい言い回しというのがある。言葉の意味だけでなく、その言い回しそのものまで換言し日本語版とした歌詞に感服する。
今後も時折色々な洋楽の和訳にトライすると思うが、そのベースにあるのは、この「涙の小径」であると知っていただけると嬉しい。
フツーの和訳、機械的な和訳に、興味はない。