ADAMOMANのこだわりブログ

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シルバーブルーメ回を怪獣映画として再評価したい【みんなのトラウマ】

ウルトラマンレオ

シルバーブルーメといえば、多くのウルトラファンにとって「みんなのトラウマ」として認識されている例の怪獣です。

「ウルトラマンレオ」第40話に登場、レギュラーキャラを大量に殺しまくって見事「人員整理」という大役を果たすと同時に、視聴者に恐怖と絶望を与えた最悪最凶の存在、それがシルバーブルーメです。

但し今回は、そんなシルバーブルーメの活躍を、「怪獣モノ」という別観点から再評価してみようと思います。

語り出したら無駄に長くなってしまったので目次から気になるところだけ読んでもらってOKです。

 

日常の崩壊

そもそもみんなレオという作品を、「オイルショックのせいで〜」「低予算の中〜」などの通説を元に、特撮モノ、SFモノ、怪獣モノとしては低レベルなものとして侮っていませんか?!というところから話さないといけないと思うんですけど、過去にも引用させていただいた「面白すぎる先達のブログ」の通り、

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全然そんなことはなくて、いわゆる「第二期ウルトラシリーズ」最終作ゆえ、特撮シーンのノウハウとしては本作がピークゆえ、まぁなかなかに見応えがあるわけです。特にシルバーブルーメの回で言えば例のデパート襲撃シーン

とにかくデパート店内のミニチュアが本当によくできていて、それを内側からの目線で撮った映像には実にリアルな迫力があります。

例えば、婦人服売り場のマネキンを始めとした、しっかり作り込まれた店の内装。ほんの一瞬しか映りませんが、本当によくできていて、だからこそ破壊シーンに凄まじい説得力が生まれます。

そこで描かれているのは「日常の崩壊」です。シルバーブルーメによるデパート破壊シーンには、ウルトラシリーズ、ひいては「怪獣モノ」の原点を愛する作り手の姿勢が垣間見えます。

更には、この回の直前がババルウ星人戦というのがまた重要で、人類そっちのけで「9人の異星人たち」が地球とウルトラの星の命運を巡って争っていたような物語世界、よく言えば「スペースオペラ的なレベルにまで世界観が拡張された」一方で、悪く言えば「完全に蚊帳の外に追いやられていた人類」の目線に物語が突如戻ってくるのがシルバーブルーメの回です。

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そもそもこの番組って、私たちの日常に紛れ込んできた異物が私たちの生活を容赦なくぶち壊していく話でしたよね、って感じで、作風が一気に原点回帰するんです。

 

災害としての怪獣

そしてこの「日常の崩壊」って、怪獣を「キャラクター化」する(ウルトラ戦士の敵キャラクターに矮小化して立ち回らせる)以前の、それこそ初代「ゴジラ」のレベルにまで回帰する「怪獣災害」の描き方なんですよね。

だから、「人の死」の描写が間接的ゆえにリアルです。レギュラーキャラの死亡を直接的に映すのではなく、死亡者名簿を映して見せるというやり方、物凄く非情ですよね。

「レギュラーキャラだったからって『ドラマ』として見せてあげないよ」というこの冷酷さに、「災害のリアル」が感じられるんです。

特にデパート襲撃で死んだキャラクターは全員、MACとは違い捕食されたのではなく建物の崩落に巻き込まれて死んでいます。

さらにこの「災害の恐怖」って、レオの第一話と第二話にも重なります。

かねてから言われている通り、レオの暗く重い作風の背景には、ノストラダムスの大予言をはじめとしたオカルトブームがありますが、要は、何が原因かわからないけどいつか何もかも滅びるようなことがあるかもしれないよねという漠然とした大災害への不安と恐怖が渦巻いていた真っ暗な世界に産み落とされたのが「レオ」という作品で、さらにそれは第一話で完璧に映像化されていました。

薄暗い曇天の雲の下、黒い波に飲まれた東京の街。もちろんその主犯は、マグマ星人と双子怪獣なんですけど、怪獣とか宇宙人の存在以上に、津波に沈んだ東京の街の絵面の方がインパクトがあって、怪獣よりも破壊された街の様子そのものが恐怖の対象でした。

そしてシルバーブルーメは、我々をもう一度その恐怖に立ち返らせてくれるんです。

怪獣が「ウルトラマンの引き立て役」に甘んじていった第二期にあって、改めて怪獣によってもたらされる破壊の恐怖を描こうとした本話は、特撮技術の成熟も相まって「怪獣モノ」として魅力的でした。

 

シルバーブルーメの限界

ですが、そんなシルバーブルーメにも限界がありました。それが、「ブラックスター配下の円盤生物である」という設定です。要は上でも述べた「怪獣のキャラクター化」からは結局このシルバーブルーメも逃げられなかったということです。

本来であればレオにとって悲痛な恨みのこもった憎むべき相手になるはずですが、作劇上はそうではなく、特にBパート以降はただ単に「新キャラ・ブラックスターの送り込んだ第一号怪獣」として、レオとの戦闘でも特に目立った活躍もなくあっさり倒されます。

ウルトラマンが主役のヒーロードラマになってから(具体的には「帰ってきたウルトラマン」あたりから)、怪獣はウルトラマンの活躍を盛り立てるための引き立て役へと変化していきます。

キングザウルスⅢ世なんかはその典型で、周囲にバリヤーを巡らせられる特殊能力の由来や意味は劇中では一切語られません。なぜなら、ウルトラマンに流星キックをさせるためだけにこの怪獣は存在していたからです。

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特に「レオ」はこの傾向が顕著で、目的がいまいち不明瞭なまま通り魔殺人を繰り返す宇宙人や、道場破りのような感覚で襲来する宇宙人など、SF的な意味での存在理由がほぼない敵が頻出します。これは明らかにレオを特訓へと追い込み新たな拳法技を見せるため=持っていきたいシナリオのためだけに肉付けされた「キャラクター」です。

アストラ初登場回の兄弟怪獣リットルとガロンも、アストラとのダブルマッチを見せるために兄弟設定だった、というのは実際の映像からも明らかですよね。

シルバーブルーメがどれだけ怪獣映画の原点に回帰した存在だったとしても、「ウルトラマンレオ」という作品の枠組みからは逃れられず、だから「ブラックスターの配下」という役回りに収まる以外にコイツが作中に存在できる理由はなかったんです。

もしその枠組みもなく、生まれた時代ももう少し早ければ、「宇宙大怪獣ドゴラ」のような主演映画が作られたかもしれない。と言えばちょっと大袈裟でしょうか。

 

生物としての魅力

ですが、だからといってシルバーブルーメが没個性的な怪獣だったかというと決してそういうわけではなく、特に特撮史上初の「円盤生物」というのが一体何なのか?をきっちり見せる演出がありました。

それが、黄色い溶解液の描写です。

上で「レオが個人的な感情表現もなくあっさり倒していた」と述べましたが、そう言うとおそらく一部の人に「体内のマッキーを引きずり出すシーンがあるじゃないか!」と反論されると思います。

もちろんこのシーンを「レオの怒りや悲しみの発露」と解釈することはできると思います。ですが、私個人としてはこの時期のウルトラシリーズがそこまで「気の利いた作劇ができる作品だった」とは思っていません。

「ガールフレンドが殺された直後にも関わらず、新レギュラーとして登場した女性キャラをまじまじとドアップで見つめる郷さん」(「帰ってきたウルトラマン」第38話)といった前例があるからです。

事実、本話においてもレギュラーキャラの喪失をAパートで一気に描いた後のBパートはもう完全新生した「円盤生物編」の始まりを見せることに終始していました。

ですから、シルバーブルーメの体内からマッキー2号を引きずり出すシーンに、レオ個人の感情的描写を見出すことはもちろんできるとは思いますが、また別の観点からこのシーンの意味を考えるなら、シルバーブルーメの「生物」としての生々しさを見せる意図があったのではないか?とも思うわけです。

思えばシルバーブルーメがMAC基地を襲撃した際も、ガラスを突き破って伸びてくる触手や黄色い溶解液の執拗なまでの攻撃描写が繰り返されていました。他のシーンでも、シルバーブルーメのいるところでは常に黄色い溶解液が過剰なまでに垂れ流されています。これには、「生物」としての生々しさやグロさを見せつける意図があったのだと思います。

その流れから、内臓や胃の内容物までをレオによって引きずり出される描写を通じて「生物としての生々しさを強調していた」と考えることはできると思います。

黄色く変色しつつも、辛うじて原型を留めているマッキー2号の姿は実に痛々しい…。

とは言え、ウルトラマンによって内臓や未消化の胃の内容物までを掘り出された怪獣なんて他に類例があまりありません(強いて言えば口からペレットを吐き出した平成ギャオスくらいか)。ただ、それがあんまり違和感なくできるのも、シルバーブルーメが「クラゲっぽい」からだと思います。怪獣は怪獣でも、「恐竜タイプ」でも「虫系」でもない、「軟体動物系」だったから、内臓を引きずり出されていてもそこまで痛々しい残酷描写に見えないんです。

ここに、それまでの「怪獣」とも「超獣」とも違う「円盤生物」という新ジャンルへの挑戦があります。円盤生物とはおそらく、それまでウルトラ怪獣としてはあまりモチーフになり得なかった、貝類・甲殻類・軟体動物etcのちょっと気持ち悪い系の生物を本格的にモチーフとして取り入れた、怪獣モノとしても画期的な挑戦だったのだと思います。

当然、予算を抑えるためにも「操演怪獣」はもってこいだったわけですが、だからといって強さや怖さまで抑えちゃう訳にはいきません。どうあっても、強くて怖くて常に「新しい」怪獣を生み出し続けようとした「スタッフたちの苦心」と共にある「誇りの高さ」が感じられませんか?

横倒しにしたときのあのシルバーブルーメの大きさからは「操演怪獣で予算を抑えようとした」なんて理屈は全く感じられません。あれはかなりデカくてよくできていると思います。

 

故郷を二度失った男

更に「ウルトラマンの引き立て役」としてもシルバーブルーメはこれ以上ない活躍をしたと言えます。それは、「レオから二つ目の故郷を奪った」からです。

ご存知の通り、レオは初登場の段階ですでに生まれ故郷であるL77星を滅ぼされた難民として地球で暮らしていました。そんな彼にとって地球は第二の故郷とも呼べるものでしたが、シルバーブルーメによってMACやダン隊長という師匠、そして山口百子や野村猛、そして幼いカオルちゃんまでも無惨に殺されました。

地球は無事でも、彼の地球での「家族」はほぼ全滅です。彼はまた故郷を奪われた、と言っても過言ではありません。

これを改めて作品の終盤で描いたことには大きな意味があると思っていて(もちろん人員整理と予算カット以上に)、元々故郷を失ったキャラクターだったレオですが、それはナレーションで語られるのみで、視聴者である私たちにとってあまり実感の伴わないエピソードではありましたが、シルバーブルーメによる破壊と殺戮をゲンの目線で体感(追体験)することで、この40話にして初めて私たちは「故郷を奪われた男の悲しみ」を理解できたのだと思うんです。

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設定のみでしか語られてこなかった、「親友の死を乗り越えて自ら改造手術を受けに行った城茂」の怒りと悲しみは、タックルの死後、成功率10%と言われる超電子人間への再改造手術に臨むまでの新しいドラマによって補完される、という「仮面ライダーストロンガー」とよく似た現象が「レオ」でも起こっていると言えるかもしれません。

 

そう考えると、長年の疑問でもあった「大して強くもないマグマ星人がなんでL77星を滅ぼせたの?」という問いにも一定の回答が用意できるかもしれません。シルバーブルーメの実績を見れば分かる通り、どんな星でも「突然の奇襲には敵わない」ということです。

まぁ「レオ」の世界ではウルトラの星もあっさりウルトラキーを盗まれていたくらいですし、総じて奇襲には弱いのかもしれませんね。そしてこの「突然の奇襲によって全てが滅びてしまう」という極端な展開こそ「レオ」らしさそのものでもありますよね。「レオ」というのは「滅び」の後に立ち上がる男の物語ですから。

(了)

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