仮面ライダー龍騎に登場する「ミラーワールド」とそれに付随する各種設定を陰陽道と結びつけて再解釈を試みます。
先に結論を整理すると、
- ミラーワールドは冥界(この世とあの世の境界)
- ミラーモンスターとは式神
- 仮面ライダーとは「命の器」
- ライダーバトルとは命の器を選別する呪いの儀式
※本記事には当然のことながら「仮面ライダー龍騎」のネタバレが含まれます。
※陰陽道に関しては正直付け焼き刃の知識で書いているので表現や表記に誤りがあれば随時訂正していきます。
不可解な「ライダーバトル」
大雑把ではありますが、神崎士郎が仕組んだライダーバトルの実態は大体こんな感じでした。
- 神崎優衣は13年前にすでに死んでおり、ミラーワールドから抜け出た鏡像の優衣のおかげで一時的に生き永らえているだけで20歳の誕生日にはまた死んでしまう
- ライダーバトルに勝ち残れば願いが叶うというのは半ば嘘で、神崎優衣に与えられるべき「新たな命」が生み出されるだけ
- ライダーバトルは最強のオーディンが勝ち残るように仕組まれたほぼ出来レース
- 結果、神崎優衣だけが救われる、というシナリオになるはずだった
それはそれでいいんですけど、なんかこう、もっと他に良い方法なかったの?!という疑問が湧いてきます。目的に対してあまりにも非効率に見えますよね?
なんで13人もの人間を集めないといけないのか?なぜ殺し合わせなければならないのか?それでなんで最終的に新しい命が手に入るのか?なんで鏡の世界に入らないといけないのか?...考えれば考えるほど不可解なことばかりです。
そこで一つ思ったのが、これもしかして何かの儀式か呪術なんじゃないか?ってことです。
仮面ライダー龍騎って、電子音声の流れるバイザーや英語表記のアドベントカードのせいでちょっと「メカニカルなライダー」というイメージがあるかもしれませんが、
実はどちゃくそにオカルトなライダーなんじゃないか?
という思いつきから、
「陰陽道」という切り口で掘り下げたらなんか割と説明できそう?!というのが今回の要旨です。
ミラーワールド=冥界
そもそも全ての始まりは、13年前の「神崎優衣の死」にあります。彼女が両親の虐待(おそらく)によって衰弱死した後、彼女の残留思念、もしくは最愛の妹の死を受け入れられなかった兄・士郎の強い情念によってか、ミラーワールドと現実がつながります。
※これがおそらく劇中で最初のミラーワールドの描写。この場面については別途、より深く掘り下げてみたいと思います。
鏡の中の優衣の提案(死んだ優衣の代わりに「そっちに行ってあげようか?」)を士郎が受け入れてしまった瞬間、これがいわゆる最初の「契約」と言えるかもしれません。ここから全ての悪夢が始まったのです。
この場面の詳細はわかりませんが、少なくとも現実世界と鏡の世界が繋がるきっかけは「優衣の死」であり、このことからも、ミラーワールドとは現世の生きた人間が存在することのできない「死後の世界」に近い場所であると考えられます。実際、普通の人間がミラーワールドに入ったが最後、消滅を免れることはできません。
ここはめっちゃ大事なので最初に押さえておきます。ミラーワールドとは、単に「鏡の中の世界」というだけではなく、生命に溢れた現世の裏返しの「死者の世界」、もしくは「生と死の境界にある世界」ということです。陰陽道になぞらえて言えば「冥界」ということになりますね。
陰陽道における死と神
この「ミラーワールド=冥界」という解釈を元に他の様々なアイテムの意味を紐解いていきたいのですが、その前に、陰陽道における「死生観」を固定しておきたいと思います。ここを外すと誤解や解釈違いを抱えたまま話が進んでしまうからです。
西洋的な発想=キリスト教的な世界観で言えば以下のようになりますが、
【キリスト教的世界観】
- 死後の命は天国に向かい、そこに定住する
- 天国には「神」という意思や人格を持った命を司る存在=管理者がいる
- 神に祈れば願いが通じることもある
陰陽道や日本古来の死生観はこれとは全く違います。
【陰陽道的世界観】
- 生と死は常に循環している
- 冥界は死んだ命が次の生に向かう循環の途上にある「境界」
- 冥界にあるのは、生者でも死者でもない途上の存在
- 生や死といった「現象」や「流れ」や「作用」もしくは「エネルギー」そのものを「神」と呼ぶため、それを操る意思や人格を持った「神」=管理者を想定しない
- 神に善悪はなく、豊かな実りをもたらすこともあれば災厄をもたらすこともある
- 神に祈ることで個人的な願望が叶うとは考えない
この死生観、まさしくミラーワールドの設定と通ずる部分が非常に多いと感じます。特に「神様」的な「命の管理者不在」という点は見事劇中の描写と一致しています。
例えば、モンスターが一般人を襲って食い、そのモンスターを龍騎が倒せば、死んだモンスターのエネルギーをドラグレッダーが吸収します。そしてドラグレッダーが強くなれば契約者である龍騎もまた強くなる。
皮肉な話ですが、間接的とは言え死んだ人間の命を吸って龍騎は強くなるのです。ここでも命の循環が発生しています。この世界に超越存在としての頼るべき「神」などいません。
いやいや、ミラーワールドの神と言えば神崎士郎じゃないの?と思われるかもしれませんが、もし彼が神様だったら、ライダーバトルなんて回りくどいことをせず、自身の能力によってミラーワールドからすぐにでも新たな命を生成して優衣を救うことができたはずです。
そうではなく、神崎士郎はミラーワールドという死んだ命が彷徨う冥界に直接手を突っ込んで、新たな命を無理矢理取り出して優衣に与えようと奮闘していた、と考えると辻褄が合います。
※ミラーモンスターが死んだ後浮上する白銀に輝く球体を覚えているでしょうか?あれが「命」または「神」の断片です。ライダーバトルに勝ち残ったものが獲得できるものはこれのより強力で大きなものでした。
人は神=命に直接触れられない
陰陽道における儀式=神事の目的は、神が怒っているのか、境界が開いているのか、流れが滞っていないか、穢れが溜まっていないか…etc世界の状態を調べることにあります。それが神事を通じて得られる御神託、お告げ、予言です。人間側の意思を神に伝えるような「祈り」や「願い」といった行為はほぼありません。
特定の個人の願いを叶えようとする行為は陰陽道においては「呪詛」と呼ばれる忌むべき行為に該当します(!)
また陰陽道には、
人は神に近づくと壊れる
という認識が強固に存在します。「神は強すぎる」し、「人は脆すぎる」のです。
そのため、神に対しては
- 直接触れない
- 直接語らない
- 直接呼ばない
という大原則があります。ではどうするのか?
直接触れない代わりに、
- 式神
- 占具
- 符
- 方位や日時
- 巫女
といった緩衝材を大量に用いるのです。そしてこれらはそのまま龍騎に登場するあらゆるものと合致します。
- 式神=ミラーモンスター
- 占具=ライダースーツやバイザー
- 符=アドベントカード
- 方位や日時=侵入経路としての鏡
- 巫女=神崎優衣
※ここでいう「神」とは、生命の循環、または生命そのもの。
式神モンスターの役割
劇中においても、ミラーモンスターたちの正体は神崎優衣が幼少期に描いた絵だったことが仄めかされていました。
ご丁寧に、第21話では全ページが破り取られたスケッチブックを手塚が発見するシーンが登場します。これは子どもの頃に優衣が描いたモンスターの絵が画用紙ごとミラーワールドで実体化したことを示しています。
単に「想像したものが実体化した」というレベルではなく、絵が描かれた紙そのものがミラーワールドで実体化したことをかなり直接的に意図して描いたものと思われます。
言わずもがな、陰陽道における式神も、元はと言えばただの紙や木札です。そして式神は神事のためにあらゆる雑用をこなす存在ですが、ミラーモンスターにはどんな役割があったのでしょうか?
ライダーと契約したものを除けば大半のモンスターは単に野生化した猛獣のように見えますが、実は野生化して人間を襲うことにこそ意味があったのだと思います。モンスターが果たすべき役割とは、「命の収集」です。
運悪くミラーモンスターによって捕食されて死んでいった多くの人々も、本来であれば人間社会の中で寿命を全うするはずだった存在です。寿命が尽きて死んだとしても、また人間社会の中で新たな命として循環していくはずだった......が、ミラーモンスターによって奪われた命は本来の循環から外れ、ミラーワールドの中に留まり続けます。そして上述の通り、ライダーを強くする「糧」となるのです。
こうして、自然の摂理に反して生死の循環から強制的に命を抜き取り、ミラーワールドに集めることこそモンスターの式神としての役割の一つだったと考えられます。
また、「式神は契約によって使役可能」という陰陽道における扱いはまさしくライダーシステムそのものです。モンスターはライダーの戦いをサポートする代わりに、モンスターに「餌」を与え続けなければライダー自身がモンスターに食われてしまいます。
陰陽道においても式神と術師は契約関係にあり、式神は役割や行動範囲を制限される代わりに、術師から「生気」を得て行動します。
但し、全てのモンスターの大元の契約者は神崎士郎または神崎優衣だったと考えるべきです。実際、第42話では契約しているライダーの命令をも無視して優衣の指示に従うモンスターたちの姿が描かれています。神崎兄妹の方が明らかに上位存在として位置付けられています。
13人の人柱と呪いの儀式
だとすれば、ライダーは所詮術師ですらないということになります。
仮に神崎優衣が「巫女」、神崎士郎が「術師」だとすれば、ライダーは「命の器」です。
13人もの人間が集められ殺し合うことになったのは、陰陽道(御霊信仰)の観点から言えば、より濃縮された状態の命を抽出することに意味があったようです。
ここからは少々残酷な話になりますが、平安時代に発展した御霊信仰においては
非業の死や強い未練を残した死は、霊的エネルギーを強く帯びる
と考えられていました。この世に未練を残した非業の死、それが悲劇的であればあるほど、その生命が最後に放つエネルギーはより大きなものとなります。
結果、死んだ後もそのエネルギーが現世に大きな災いをもたらすと考えられていました。
それこそがライダーバトルの真の目的です。欲望に満ちた命と命をぶつかり合わせ、「最も苦しんだ末に失われた命のエネルギー」を集める。その死がむごく、残酷で、哀れなものであればあるほど、その命には価値があるとする考え方です。
劇中で死んでいったライダーたちを思い起こせばその意味がよくわかると思います。
ここで重要なのは、命は「足し算」で増やすのではなく、その状態=「位相」によって価値が決まるということです。
だから、欲深い人間が殺し合って最後の一人を決めることに価値があるのです。最後の一人は、12人の死を背負った最も「業の深い存在」となり、ミラーワールドで無惨にも殺されていった無数の死の因果を一身に背負った特異点となるのです。
但し、その一人が「神」になる=「命の力」を得られる訳ではなく、「神の器」になるだけです。最終回での蓮の姿を思い出していただければおわかりいただけると思います。神の器となった男に待ち受けていたのは、その身の破滅です。
最後に勝ち残った一人とは、「最も多くを得る者」ではなく、「最も多くを引き受ける者」なのです。
もうここまでくればお分かりのことと思います。神崎士郎が仕組んだライダーバトルとは、陰陽道における神事や神聖な儀式などではなく、その文脈を悪用して行われた、残酷な呪いの儀式でした。
平安時代の公務員とも呼べる陰陽師にとって、呪詛は絶対の禁忌とされ、もしそれを行った場合は厳罰が処せられていたようです。
なぜオーディンは誰でも良いのか?
「最後に勝ち残っても死ぬだけ」というのは、オーディンの変身者が無作為に選ばれていた事実からもよくわかります。
オーディン以外のライダーたちは、神崎士郎が選びに選んだ「選りすぐりの欲深い人間たち」ばかりでした(例外も多くあれど)。
上でも述べた通り、濃縮された生命を取り出すためには、欲深い人間同士が殺し合い、最後には現世を呪うほどに苦しみ悔しがって死んでもらわないと困ります。
ですが、「最後の器」となる人間こそマジで「誰でも良い」。オーディンを除く12人で殺し合って最後に残った最も業の深い12人目の命を奪うことにこそ価値があるからです。
呪術の形式上、オーディンがライダーバトルの勝者になりさえすれば、変身する人間は誰でも良いわけです。
…という感じで、ライダーバトルが陰陽道の文脈を用いて巧妙に仕組まれた呪詛であるということを踏まえて劇中設定や描写を捉え直すとめちゃくちゃ面白いはずです。
次回は、
- カードデッキに触れるとなぜ異界が検知できるのか?
- 「アドベント」の呪術的な意味と護符としてのアドベントカード
- 神崎士郎はアメリカで何を学んだのか?
- なぜ秋山蓮が選ばれたのか?
- 神崎優衣は本当に巫女なのか?
- 神崎士郎は死んでいるのか?
- 神崎士郎にはゲームリセット前の記憶が無かった説
- 比較考証「仮面ライダー響鬼」
- やっぱり似ている「魔法少女まどかマギカ」
…etcの再解釈を続く②にて進めていく予定です。
(了)
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