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仮面ライダー龍騎に「おやっさん」はいないのか?

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たまたま「仮面ライダー龍騎」の49話を見返していたら、ちょーど城戸真司の正体がOREジャーナルの令子さんと編集長にバレる回で。

その回での編集長と真司の会話がスゲー良かったんだけど、編集長がいわゆる「おやっさん」枠に見えたんですよね。そこでふと思いました。平成ライダーって意図的に「おやっさん枠」を削除した作品が多いのかな?って。

 

おやっさんは◯◯◯を破壊する

そもそも「おやっさん」という呼び方は実はあんまりオフィシャルじゃないというかちょっとスラング的な側面が強いんですが(オリジナルは「立花のオヤジさん」)、「クウガ」以降「おやっさん」という呼び方が公式にも定着したのでそのままこの呼称を使わせてもらいます。

「おやっさん」とは原典でいう立花藤兵衛のことで、仮面ライダーの後見人を務めてきた親代わりの存在です。特に「ストロンガー」終盤以後、仮面ライダー全員の育ての親として伝説的な存在となりました。

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で、すげーざっくり特徴をまとめると、

  • 年長者である
  • ライダーの生活をバックアップしている
  • ライダーを精神的に支え導く先導者である

といった辺りは概ね「おやっさん枠」の条件足りうる点なのかなぁとは思います。

そう考えるとやっぱり49話の大久保編集長は完璧におやっさんですね!そもそも彼は若者ばっかりの「龍騎」世界でも明らか年長者枠だし、家を無くした真司が職場に一時住み込むのを大目に見たり、とにかく面倒見が良い。

そして49話にて全ての真実を知った彼のセリフは、一年間悩み続けた真司の迷いを見事吹っ切れさせるだけの重みと深みと愛のあるものでした。

「何が正しいのか選べないのはいいが、その選択肢の中に自分のこともちゃんと入れとけよ

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...いやちょっと待て。もしも最初から編集長が「おやっさん」枠としてフルスペックで機能していたとしたら、一年かけて葛藤を続けた「龍騎」の物語が一瞬で終わってしまう...!

結果論的な話ではありますが、おやっさんキャラが「ライダーを精神的に支え導く先導者である」が故に、おやっさんとは「ライダーの葛藤」=「ドラマ」を終わらせる存在であるとも言えるわけですね。

 

 

龍騎世界の2人の「おやっさん」

おやっさん要素を持つキャラがもう1人います。それが「おばさん」こと神崎紗奈子です。編集長が序盤で一時的に担っていた「ライダーの生活のバックアップ」を実質的に引き継いで真司と蓮を花鶏に住まわせ、優衣を含めた3人をうまく懐柔させたのは間違いなく彼女です。レギュラー3人が仲良くなったからこそライダーバトルは鈍化していきました。間接的とは言え彼女の功績は大きいと思います。

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神崎士郎は実は真っ先に紗奈子を消すべきだったとも言えます。3人が路頭に迷えば真司と蓮はライダーバトルに傾倒せざるを得ずバトルは激化していたでしょう。でも、優衣のためを思えばそこまでむごいことは士郎でもしなさそうだし、深夜枠でもない限りそんなエグい展開見たくないですね。

「龍騎」という作品が「仮面ライダーの記号」を各ライダーのデザインに分散していたように、(複眼を龍騎、クラッシャーをナイト、触覚をゾルダ…etc)おやっさんの要素も分解配置されていたのかもしれません。

但し、編集長もおばさんも、最後の最後まで彼らの戦いそのものには全く関与しませんでした。彼らの人間的な生活には関与すれど、ライダーとしての側面には一切踏み込めなかった。もし踏み込んだら、「大人」として「社会人」として、仮面ライダーの在り方に答えを出してあげなければならなくなるからです。そして、もしそれを真正面から描いたとすればそれはほぼ「立花藤兵衛」になるハズです。警察など社会の公的機関に訴えかけるか、それがダメなら私財を投げ打って少年ライダー隊のような自警組織を作るしかなくなるんです。

※それをちゃんとやったのが「クウガ」と「響鬼」。髙寺Pはウルトラヲタクだからか「組織」というものに対して肯定的な描写になりがち。一方、白倉作品が描く「組織」はショッカーやゴルゴムがベースだからか大体中枢が腐敗している(笑)

 

 

龍騎を終わらせる「ライダー車輪」

かねてから私は「龍騎」とは初代「仮面ライダー」のショッカーライダー編、もしくは萬画版の「13人の仮面ライダー」を一年かけてリメイクした作品だと解釈してきました。

「龍騎」と萬画版「13人の仮面ライダー」の共通点は以下の通り。

  • 主人公含め仮面ライダーは全部で13人
  • その中で主役枠が2人のダブルライダー
  • 大半のライダーの倫理観が終わってる(怪人枠)
  • 一番最初のライダー(ナイト)は陰性キャラで、ライダー開発者の親族と行動を共にしている(本郷猛と緑川ルリ子)
  • あとから参戦してくる「2号ライダー」(城戸真司)が陽性キャラのジャーナリスト(一文字隼人)
  • 戦死した「本郷猛」の意志を「一文字隼人」が継ぐ(龍騎TVスペシャル)

ただし、「おやっさん」が存在しているTV版初代「仮面ライダー」ではこれとは全く違うルートを辿ります。1号・2号と性能が同じショッカーライダー6人をまとめて倒す奇策・ライダー車輪が立花藤兵衛によって発案され、猛特訓の末、見事にこれが成功します。

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実力が拮抗して倒しようのない「ショッカーライダー」たちを一気に全滅させ、悪夢を一瞬のうちに終わらせる鍵を握る人物こそ、立花藤兵衛ことおやっさんでした。

もし仮に「龍騎」世界に「ジェネリック立花藤兵衛」が存在したら...城戸真司の葛藤を受け止め、迷いを振り切らせ、秋山蓮とのチームアップを後押しし、一瞬にしてライダーバトルを終わらせる奇策(ライダー車輪的な何か)を発案してこの「龍騎」という作品を2〜3エピソードのうちに終わらせていたことでしょう。

原典の「ライダー車輪」、わりとネタにされがちでもあるんですが実はめちゃくちゃ奥が深い技でもあって、そのことをこれでもかというほどの熱量で語っている知恵袋の名回答があるので紹介しておきます。

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

いずれにせよこの「ライダー車輪」という技もちょっと抽象度を上げた表現にするならば、「基本性能が同じ13人の仮面ライダーたちのうち2人だけを別格に押し上げる裏技」であり、言うまでもなくこれは「龍騎」におけるサバイブのカードです。

「基本性能が同じ」と言われると「シザースェ...」とか聞こえてきそうですが、もちろんデッキ格差はあれどそこまで大きな性能差がないからこそライダーバトルは1年近くダラダラと続いたわけですよね。

そんな中でもサバイブのカードを手にした真司と蓮でしたが、結局2人も悩み迷いながら衝突を繰り返したためライダーバトルをすぐに終わらせることはできませんでした。ここにあと「おやっさん」成分さえあれば、「ジェネリックライダー車輪」的な何らかの奇策によってこの悪夢はもっと早く終わっていたかもしれません。

 

 

龍騎世界の年長者たち

主人公たちよりも少し年上もしくは格上のキャラクターは他にも色々いますが、まずは神崎士郎について考えてみましょう。

彼はもちろん「格上」キャラではありますが、おやっさんキャラではありません。彼は「仮面ライダーを選ぶ人間」という意味において「緑川弘」ポジションの人間です。

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そう考えると、上でも少し触れた通り「緑川」ポジションの親族が「ヒロイン」に位置しているのは実に見事に初代仮面ライダーの構図を踏襲していると言えます(神崎優衣)。ただ、「緑川弘」が改心するどころか仮面ライダーの人選を一生続けているという意味においてやはり「龍騎」世界は終わってる(笑)

もう1人、年長者と言えば外せないのが香川教授です。

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ただ、見てた人ならお分かりの通り、香川教授も「おやっさん枠」のキャラクターではないです。彼はどちらかというと「アンチショッカー同盟」ポジションの人間です。共通点を挙げてみましょう。

  • 打倒ショッカー/打倒神崎士郎という「目的」の面では主人公たちと合致している
  • が、「手段」を選ばないやや冷徹な面が露呈し主人公たちの信頼を失う
  • 最後は「裏切り者」によって内部から破壊されて壊滅する

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香川一派、見事にアンチショッカー同盟のリメイクです。こういうところも含めて「龍騎」ってやっぱり「一年に引き延ばしたショッカーライダー編」っぽいんですよね。

 

 

消えゆくおやっさん

ちょっと脱線してきたのでおやっさん論に話を戻します。

上でもちょっと触れた通り、髙寺P作品である「クウガ」と「響鬼」は例外的な扱いをした方が良いかもしれません。この二作品には明確に「おやっさん」と呼ばれるキャラクターが登場します。

「クウガ」のおやっさんは他平成ライダー作品のそれと同様、クウガの正体を全く知らないままに五代雄介の日常を支えるキャラクターでした。但し「クウガ」という作品においては劇中の「おやっさん」がおやっさん的役割の全てを担っていなかっただけで、五代雄介の恩師である神崎先生や、クウガの正体を知った上で万全の協力体制を敷いてくれた未確認生命体対策本部の面々等々、みんなが五代と共に戦う「おやっさん」だったとも言えます。そして、この要素をさらに設定的にも明確な組織体として打ち出したのが「響鬼」における猛士でした。猛士は、立花藤兵衛を中心とする少年仮面ライダー隊の正統進化形態とも呼べる、正式な仮面ライダーの支援組織です。

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一方、「アギト」の「おじさん」こと美杉義彦や、今回取り上げた「龍騎」の編集長やおばさんのように、おやっさんに近いポジションのキャラクターは他の平成ライダー作品にも登場はしますが、先述の通り肝心のバトルや本筋の物語にはほぼ絡んできません。「555」に至っては一切登場せず、それ以降のライダー作品からは「おやっさん」ポジションのキャラがほぼ消滅します(細かく言えば各作品ごとに存在はしますがその大半がやはり日常のサポートのみに終始しているためここでは割愛します)。

その理由は上でもすでに触れた通り、仮面ライダーという作品が、「悩みもがきながら前に進んでいく若者たちの成長譚」としての性格を強めていったからでしょう。

あとこれはあんまりやりたくない言い方ですが、社会背景的な側面も踏まえた物言いが許されるのなら、昭和では通用していた「立派な大人がいてその背中を見て子どもが成長する」というモデルが2000年代以後急速に説得力を失っていったことは事実としてあると思います。もしくは、そういう意図を持ってそうなっていったとも解釈できると思います。

何より「龍騎」という作品がそのことを如実に物語っています。シザースこと須藤なんて、職業は現職の刑事ですからね。でも人を殺して壁に埋める猟奇殺人鬼でもある。年長者という観点からすればゾルダこと北岡弁護士だって社会的にはすでに立派な地位を得た成功者です。でも自分の死に抗うためにライダーとして戦い、もがき続けている。TVスペシャルで鮮烈な印象を残したベルデこと高見沢逸郎も同様、大企業の社長でありながら飽くなき欲望でライダーになった男です。

さらに「龍騎」では逆説的に、浅倉威のような犯罪者にも「仮面ライダー」を名乗らせています。この「犯罪者であっても仮面ライダーになれてしまう」世界観は新旧ファンを含め大きな議論を巻き起こしました。

「社会的地位のある人間だからといって、仮面ライダーだからといって、人格的にも信用できるとは限らない」ということをこの作品は如実に物語っています。だからこそ、おやっさん的なキャラクターはだんだん後退せざるを得なかったのかもしれません。そんな世の中を生きていく人間にとって必要なのはやはり、自分で悩みもがきながら、自分で答えを出していく力だからです。

 

 

それぞれの「おやっさん」

とは言え、そんな時代だからこそ年長者がぽろっと漏らす一言には一縷の光明にも似た輝きがあるものです。

とりわけ「お人よし」が多い主役ライダーたちは「自分」を後回しにしがちです。そんな中で、当事者ではないからこそ複雑な事情をすっ飛ばして「お前はどうしたいんだ?」と核心的な問いをストレートにぶつけてくれる存在は実にありがたいものです

それが真司にとっては編集長だったり、裏で生活を支えてくれたおばさんだったりしたわけですが、ここで忘れてはならないのは、仮面ライダーの数だけおやっさんの姿形もさまざまに存在しているということです。

例えば、上では「おやっさんポジションではない」と否定した香川教授も、東條悟にとっては「おやっさん」だったと言えるかもしれません。「おやっさん」の定義の中にぼんやりと含まれる「師弟」的要素を拡大解釈するならそれも不可能な話ではありませんよね。もちろん劇中ではそれが非常に歪んだ形で描かれていましたが。

東條悟は香川のことを「先生」と呼んで敬愛していましたが、同じく「先生」と呼ばれたキャラがもう1人いました。ゾルダこと北岡秀一です。ゴロちゃんこと由良吾郎から「先生」と呼ばれ深く深く信頼されていました。2人の間にあったのもある種の師弟関係です。

「仮面ライダー」の定義を押し広げ、シリーズの幅を大きく拡大することに成功した「龍騎」でしたが、その中で実は「おやっさん」の要素や定義も多方向に拡大されていたと見ることはできるかもしれません。

(了)

 

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