仮面ライダー龍騎にて描かれたライダーバトルが実は陰陽道的観点から「呪いの儀式」だったのではないか?ということを考えてきました。
今回は、神崎優衣は本当に巫女だったのか?という疑問から、オーディンの真の役割と神崎優衣の正体について考えていきます。
神崎優衣の巫女的側面
以前から、神崎優衣のことを仮に「巫女」と位置付けてきましたが、彼女は本当にこの儀式における「巫女」だったのでしょうか?
まずは神崎優衣と「神事における巫女」の共通点を挙げてみましょう。
共通点①境界に立つ存在
巫女は人と神、生と死の境界に立つ言わば「境界存在」です。
神崎優衣もまた、本来死んだはずの人間が鏡像と一体化したことで一時的に生き永らえているに過ぎない「生と死の境界存在」、または「現実とミラーワールドの境界存在」です。
共通点②穢れを引き受ける存在
飢饉鎮静や疫病退散、水害など災害の祈祷のような神事においては、共同体(ムラ)全体の恐怖・不安・怒り・悔恨などの「穢れ」が渦巻きます。それらが拡散しないよう、巫女に「穢れ」を集中させて一時的に封じ込めます。
ライダーバトルにおける神崎優衣もその意味では全く同質の存在です。13人の仮面ライダーの願いと共にある死や、神崎士郎の歪んだ愛情、さらにはモンスターによる一般人の無数の死、全ての結節点となっているのが神崎優衣なのです。
共通点③媒介者としての処女性/透明性
最初の記事でも挙げたように、「神」とは「直接触れられない存在」だからこそ媒介となるものが必要なわけで、巫女とはあくまでも「媒介」ですから、巫女自身には神秘的な能力なんてものは不要なわけです。となると巫女に求められるべきは「透明性」です。
社会的地位やこれといった思想・信条を持たず、日常的な役割も不明瞭な人が適任...となると、成人前の少女がこれにぴたりと当てはまります。
神崎優衣が「二十歳になったら消えちゃう」というのは物語上のタイムリミットであるだけでなく、神崎優衣の「巫女性」の暗示とも取れます。
※但し巫女は全て未成年もしくは処女でなければならないわけではありません。
神崎優衣は巫女ではない
...但し、明らかに神崎優衣には「巫女」とは言えない点があります。
相違点①神崎優衣は無知
本来、巫女は儀式を通じて神(異界)と繋がり神意を得てそれを人々に伝えますが(御信託)、神崎優衣は異界と繋がっているのにその自覚もなく人々に何も提示してくれません。そもそも自分が置かれた状況を彼女自身が全く理解していないからです。ライダーバトルの意味も、神崎士郎の真意も、何もかも知らされていませんでした。
相違点②儀式の破壊者
巫女は本来、儀式を完成させる存在ですが、神崎優衣は真実に近づけば近づくほどに儀式を否定します。
自分が死んでいること、自分を蘇生させるためにライダーバトルが行われていること、そしてそのために多くの人々が犠牲になっていること、それら全てを彼女は拒絶します。他人の犠牲の上に自分が生きることを望むはずがないですよね。
結果、ライダーバトルという儀式は無意味なものとなり、破壊されてしまいます。
相違点③何もしない
だから彼女は何もしないんです。というか、何もしてはいけない存在で、何も知らずに日常を送ってくれていることが神崎士郎からしたら最もありがたいわけですね。
オルタナティブらによって無理矢理ミラーワールドに拉致されるという緊急事態がなければ、「モンスターを操る」という本来の能力や、モンスターの生みの親であることも過去のこともずっと秘匿されていたわけです。
だから、神崎士郎は守るべき妹から距離を置くしかなかった。彼女に何も知られてはいけないからです。
…以上を踏まえると、神崎優衣は巫女になれる能力や属性を持ちながら、何もしてはいけない=巫女になってはいけない人間だったわけです。
本当の巫女はオーディン
となると、このライダーバトルにおける本当の巫女とは誰だったのか?
振り返ると最もそれっぽい人物がいます。それが、仮面ライダーオーディンです。
オーディンは、実体を持たない神崎士郎の代わりに戦う最強の仮面ライダーです。
その戦闘力の高さは変身者の素質とは無関係な「究極のデッキ格差」によるもので、常時サバイブ状態な上、瞬間移動などの超人技でライダーを苦しめるゲームマスター直属の操り人形です。
その変身者は「無作為に選ばれていた」ことが超全集でも明らかにされていますが、神崎士郎が謎の男性にデッキを渡すシーン(本編ではカット)から、どうも道端の浮浪者が選ばれていたであろうことがわかります。
浮浪者もまた、社会的地位も肩書きもない「境界存在」であり、巫女としての役割を担う素質を持った「透明な人間」と言えます。
また、最後の一人として勝ち残り、その結果生まれる「新しい命」を直接受け取るのもオーディンの役目です。つまり、直接的に「穢れ」の全てを受け止めるのはオーディンだったとも言えます。
また、契約モンスターが「不死鳥」をモチーフとしたゴルトフェニックスだったのも、神崎優衣の「まだ死にたくない」、神崎士郎の「お前を死なせない」という「生への執着」の具現化だったとも言えます。言わば、最も強い情念を込めて生み出されたモンスターだったのかもしれません。
不死鳥シリーズは他にも複数体確認されており、いずれも神崎士郎直属の配下として都合の悪い人間を始末させていました。
神崎優衣とは「御神体」である
結局、神崎優衣が「巫女ではない」としたら一体なんだったのでしょうか?
神崎優衣とは「救われるべき対象」でありながら、ライダーバトルという儀式が続く理由そのもの=儀式を回し続けるために固定された「中心点」です。
そんな彼女にぴったりの概念が「御神体」です。
「御神体」とは、言わば神が宿る「依代」とも言い換えられるもので、具体的な実例を挙げるならば、「三種の神器」と呼ばれる「八咫鏡(やたのかがみ)」・「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」・「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」などが有名です。
これら、鏡や剣や勾玉などの神が宿る「モノ」や、特定の霊山や神木等の「場所」もしくは「座標」が御神体に相当します。
中には「見てはいけない」とされていたり、神聖な場所であれば「禁足地」とされるなど、人々の生活からは徹底的に距離を置かれているものもあります。
「御神体」とは?
こう言うと「御神体」=「尊く、偉大で、それ自体にパワーがあるもの」と思われがちですが、御神体そのものに超能力が備わっているわけではありません。御神体とは「力を集め、留め、循環させることができるモノや場所」を指します。
御神体に求められる条件を大まかに3つに整理したので見てみましょう。
条件①人の意思から独立している
御神体には命令できないし、御神体が何かを説明することも、反論することもありません。山は何も語らないし、鏡は感情を持たず、そのまま映し返すだけで、何も中身を持ちません。人格を持たない、完全に受動的な存在です。
だから神が降りるし魂が宿ると考えられました。
条件②境界としての性質を持つ
御神体は必ず境界そのものか境界を可視化する性質を持ちます。
- 山:天と地の境
- 鏡:此岸と彼岸の反転
- 御神木:地中と天を繋ぐ「軸」
神は突然どこにでも現れるわけではなく、「境界」に顔を出す存在と考えられていました。
条件③「溢れない器」である
これまでの記事でも繰り返していますが、陰陽道で言う「神」とは、人格を持たない「現象」や「エネルギー」そのもの、または「エネルギーの循環する有り様」そのものを指します。「生」、「死」、「祈り」、「願い」、「祝福」、「穢れ」...「善」も「悪」も「実り」も「災い」もその全てを内包した存在です。
その観点からすれば、山はあらゆる「神」を受け入れてもなお揺るがず雄大だし、鏡は何も抱え込まずにそのまま映し返すし、御神木には悠久の時を経てあらゆる「神」を受け入れる強さがあります。
御神体とは、世界が壊れないように、人々の祈り(神)を一時的に預かるための「耐え続ける構造」を持っているのです。
神崎優衣と天皇陛下
神崎優衣を御神体に見立てると、あらゆる設定がその特徴と合致していきます。
彼女自身がライダーバトルという儀式の中心点=御神体であり続けるための特徴は以下の通りです。
- 人でありながらミラーワールドを感知できる境界存在
- 意思を持たないように幼少期の記憶を消された空っぽの器
- ライダーバトルに直接関与することはなく、何の役割も与えられない
- しかし最後に得られた「新しい命」を受け入れる儀式の目的そのもの
但し、「人間が御神体になる」というのは天皇陛下のような非常に限られたケースでしか見られないものです。実は、神崎優衣と天皇は結構似ています。
天皇陛下は
- 個人としての存在を超えた国家の象徴
- 生存=国家儀礼の継続
- 時代の分岐点(代替わりで元号が変わる)
- 個人の意志を全面に出さない
神崎優衣は
- 個人としての存在を超えたライダーバトルという儀式の中心
- 生存=儀式の継続
- 世界線の分岐点(死ねば世界をリセットされる)
- 個人の意志を主張できない
裏を返せば、神崎優衣が記憶を取り戻し、儀式の真の意味を理解した時、彼女は自分の御神体としての役割を放棄し、ライダーバトルという儀式は失敗に終わるのです。これが、劇場版やテレビ版が迎えた結末でした。
それよりも前に、神崎優衣の正体に気づいた人間もいました。それが、仮面ライダーライアこと手塚海之や、香川教授一派(タイガとオルタナティブ)です。中でも香川たちは強引に神崎優衣を連れ去って殺害しようとする急進派でした。
そして、神崎優衣という「御神体」を絶対に守り抜くためにあらかじめ選ばれた存在が、秋山蓮だったと私は見ています。彼は仮面ライダーナイトという「プレイヤーの一人」でありながら、神崎優衣の護衛という「儀式の防衛」も担わされていたフシがあります。
なぜ秋山蓮が特別なのか?それは、神崎士郎と秋山蓮の二人がよく似ているからです。
この続きは次回、扱ってみたいと思います。
(了)
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