前回の記事はコチラ。
※前回に引き続き、ここでは2016年公開版「スーサイド・スクワッド」について扱います。2021年現在公開中の「ザ・スーサイド・スクワッド」については最後に少しだけ扱っています。
当初のヴィランはなんと...?!
前回の記事でも「ヴィランに物足りなさを感じた」旨を述べたが、当初は我々の想像をはるかに超えるレベルで壮大な物語が想定されていたようだ。
ここでは、ChristianLorenz Scheurerが公表した本作のコンセプトアートの多くが紹介されている。
From Boom Tubes To Parademons: 'Suicide Squad' Concept Art Hints At What Could Have Been | Geeks
この画像のタイトルはズバリ「エンチャントレスブームチューブ」。
ブームチューブといえば「ジャスティス・リーグ」でお馴染み、マザーボックスによって開かれる次元間移動用ポータルだ。劇場版においてもエンチャントレスは「1000年以上の寿命を持つ魔女」という設定であったが、どうやらダークサイドらアポコリプスのニュー・ゴッズらとのつながりを持ったキャラクターとして描かれようとしていた?!
更に驚くべきことには、彼女が従える周囲の軍勢の名は「パラデーモン」。下の画像のタイトルは「パラデーモン・ボス」。
From Boom Tubes To Parademons: 'Suicide Squad' Concept Art Hints At What Could Have Been | Geeks
我々がよく知る羽根を持ったパラデーモンとはイメージがやや異なるが、一部のコミックスにおいては必ずしもその姿とは限らないとされ、死者を蘇らせるエンチャントレスの魔法との関連性が指摘されている。
From Boom Tubes To Parademons: 'Suicide Squad' Concept Art Hints At What Could Have Been | Geeks
そしてこちらのイラストにはこんなタイトルがつけられた。"He has arrived."
イラストだけでは不明瞭な「彼」とは、一体何者か?多くのファンはあのステッペンウルフではないかと予想。
そして、デヴィッド・エアー監督自身がそれを認めたのである。
その通り。エンチャントレスはマザーボックスによって操られており、ステッペンウルフはブームチューブを通じて侵略の準備を進めていた。ジャスティスリーグのシナリオが変更になったことでこのアイデアも白紙に戻されることになった。
当初想定されていたシナリオは、あくまで想像に過ぎないが以下のような感じ?
- マザーボックスを通じてステッペンウルフが地球のエンチャントレスと交信
- 何らかの取引をしたエンチャントレスが街を破壊しながらブームチューブを準備
- この時使用されたマザーボックスは、人類(国防総省)が隠し持っていたもの?
- 地下鉄駅構内を破壊してブームチューブを展開、一般市民や軍隊をパラデーモンに変えて籠城
- そこにスーサイド・スクワッドが投入される
- 最後にはステッペンウルフ降臨
→え、どうやって倒すん?!
いずれにせよこのシナリオは、DCがもっと本気でシネマティック・ユニバース路線を走ろうとしていた頃の幻影のようなものであり、仮に実現していたとしても「ザック・スナイダーカット」とすら繋がらない完全にパラレルな物語になってしまうだろう。
但し、ブームチューブの活性化とステッペンウルフの来襲は「地球側からの手引き」があった方がより自然だと思うので、個人的には大アリなシナリオ。
加えて、劇場版にも登場したエンチャントレスの弟にしてラスボスのインキュバスについてだが、ツノの生えた巨人、という点だけ見ればステッペンウルフにそっくり。
実はインキュバスとは、JLのシナリオ変更に伴い、ステッペンウルフから急遽変更され誕生した急ごしらえのキャラクターだった可能性もあり得るのだ。
ジョーカーこそがラスボス ?!
劇場公開から約1年後、エアー監督は「ジョーカーをメインヴィランにすれば良かった」と発言。
彼は削除されたシーンについてこんなことも発言している。
After Joker dropped HQ from the help and crashed, Enchantress made a deal with him. He was going to take Harley home and be “King of Gotham” Harley stood up to him and refused to betray her new friends. The Squad turned on him and he escaped. https://t.co/unnOewEYBQ
— David Ayer (@DavidAyerMovies) 2018年3月24日
ハーレイを救出したヘリが撃墜された後、エンチャントレスとジョーカーは取引をする。彼はハーレイを連れてゴッサムの王になるつもりだったそうだが、彼女はそれを断り、スーサイド・スクワッドとジョーカーは敵対。攻撃を受けたジョーカーは逃亡する。
そうなると色々と辻褄が合う。
まず、DVDのパッケージにも使われているこのイメージ写真。当時からよく見かけたが、微妙にジョーカーだけが輪の中から外れている。
確かに彼はスーサイド・スクワッドのメンバーではないのだが、この没シナリオ通りだとするとよりこの画像のイメージと合致する。彼は最終的にスーサイド・スクワッドと敵対する運命にあったのだ。
そして、「バットマンvsスーパーマン」が暗い、重い、わかりにくいで失敗したとされた直後の改変だとすれば、ハーレイが最愛のジョーカーに裏切られる(orジョーカーを裏切る)というハードな展開をワーナーが敬遠した可能性が高い。最後まで2人が愛し合う関係を継続させることを望んだのは、実はワーナーだったのではないだろうか?
そして大幅にその言動を改変されたジョーカーの出番が削られるのも必然だったわけだ。
タイムリーなことに、この仮説を証明し得る画像がリークされている。
Ayer Cut Suicide Squad Image Shows Deleted Harley/Deadshot Kiss
ツイッター上で見かけた方もいるだろう。このデッドショットとハーレイのロマンス自体は「本来ディアブロは死んでいなかった」という衝撃の事実と共に既にエアー監督によって暴露されていたが、具体的な画像が登場したのは今回が初めてのことであり、ちゃんと撮影されていたことの証明でもある。
Diablo survived originally, Harley and Deadshot hooked up as a couple. This was changed during reshoots. https://t.co/GMcXMdNAch
— David Ayer (@DavidAyerMovies) 2020年5月18日
話を元に戻して、仮にジョーカーがメインヴィランだったとしても、エンチャントレスはその更に上位の存在として必要不可欠であり、更にその上にステッペンウルフがいたとしてもシナリオ上破綻をきたすことはない。
壮大すぎて多分実現不可能だろうけど、マザーボックスとも絡むスーサイドスクワッド、見てみたかったなぁ...。何より、エンチャントレスのキャラクター描写が深まりそう。キャラの背景に厚みが出るし、作品そのものがジャスティス・リーグへの橋渡しにもなるしね。
エアー・カットは実在するのか?
あれだけ素材が既にあったはずの「ザック・スナイダーカット」ですら、なんと74億円という莫大な製作費がかかったという。
※まぁ4時間にまで拡大した上に追加撮影まで行ったし。
では、「スーサイド・スクワッド エアー・カット」は実現可能なのか?
劇場公開版が完成した経緯についてだが、エアー監督を中心に作り上げたバージョンと、スタジオと予告編制作会社で再編集したバージョンとを比較鑑賞する「テスト」が行われ、再編集版が優れているという結論が出たそう。
ということは裏を返せばこの時テスト観客に対して比較上映された「エアー・カット」は実在するということである。当然、視覚効果のグレードアップ等は必要かもしれないが、それはほぼ完成した形でこの世に存在するはずだ。
あとはそれを「ザック・スナイダーカット」のように世に出すメリットがワーナーにあるか否かだけだ。
考えられる最大のメリットは、「ザック・スナイダーカット」のときのように、ワーナーが運営するサブスクHBOmaxでまた一儲けできること。それに、現在のDCは積極的にマルチバース設定を取り入れようとしており、現在公開中の「ザ・スーサイド・スクワッド」と矛盾することもなく、並行世界のもう一つのスースクとして存立することも可能。
しかし、やはりデメリットも考えなくてはならない。
前回の記事でも述べたように、2016年当時のワーナーは「暗い、重い、わかりにくい」DCEUをいち早く脱却して、MCUのような明朗快活なヒーロー映画を撮りたがっていた。もっとストレートに言えば、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」のような映画を撮りたがっていたのだ。
そして、念願叶ってMCUからジェームズ・ガンを引き抜いた。そんな彼に、苦い記憶残る「スーサイド・スクワッド」をリブートしてもらえる!となればワーナーも小躍りしたに違いない。
現在公開中の「ザ・スーサイド・スクワッド」こそ、あの当時、ワーナーが本当に撮りたかった理想の映画なのだ。
これでやっと生まれ変われた!という矢先に、過去の作品をわざわざ自分で掘り返してリリースしてくれるほど、彼らの心は広いだろうか?
それに、「ザック・スナイダーカット」に続いてこのようなディレクターズ・カットのリリースが立て続けに発生すれば、ぶっちゃけ会社としての信用問題に関わる。監督のビジョンを尊重しない会社だったことを、暗に認めてしまうわけなのだから(何を今更...だが)。
監督と配給会社ってよく揉めるの?
ちなみに、監督の方向性と配給会社の意図が合わなくなるというケースは決して稀ではない。あのMCUでも、そういったことが実は頻発している。
言わば「創作上の意見の相違」という形での監督途中降板は、
- 「マイティ・ソー ダーク・ワールド」のパティ・ジェンキンス(あの「ワンダーウーマン」の監督!)
- 「アントマン」のエドガー・ライト
- 「ドクター・ストレンジ2」のスコット・デリクソン
- 「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー3」のジェームズ・ガン(その後再起用)
...と、結構多い。
特に多数の映画作品を一つに束ねるシネマティック・ユニバースというのは、個性豊かなアーティストたちの創造性に対し、時には強烈なブレーキをかけなければ絶対に成立し得ないものだ。要は、強力なジャイアニズムを発動しなければあそこまで緻密に一つの作品世界を維持することは不可能なのだ。
しかし、MCUがDCEUのような表立ったトラブルに見舞われないのは、ケヴィン・ファイギという最強のジャイアンが仕切っているからであり、映画がほぼ完成した後に大幅な軌道修正を強いるということはほぼあり得ない。そうなる前に、合わない監督は降板させているからである。
「ジャスティス・リーグ」にしても、「スーサイド・スクワッド」にしても、ほぼ完成させてからあーだこーだ言うから揉めたのだ。そしてその行為が、映画監督や役者たちに与えうる最大最悪の非礼であり侮辱であるということを、これを機に深く深く肝に銘じて反省してほしい。
最後に
前回も述べたように、私自身、そこまで「スーサイド・スクワッド」という作品に思い入れがあったわけではない。私はあくまでバットマンが好きなだけで、その系譜に連なるこの作品もついでに鑑賞しただけのニワカだ。
だが、「こだわり」を否定されたときの悔しさは多少なりともわかるつもりだ。こだわりにこだわって作ったものが、安っぽいものに置き換えられることの屈辱。その思いに胸を馳せたとき、ちょっと他人事では済ませられないなと思い、自分がまとめられるだけのことは記事にまとめてみたつもりだ。
仮に「エアー・カット」が実在したって、それはやっぱりちょっとニッチな大衆受けしない作品なのかもしれない。でも別にそれでも良い。
2016年のワーナーよ。エアー監督とキャスト陣が全力で、命をかけて作り上げたものを信じて、それで映画館で勝負してやれよ。流行りすたりも大事だが、批評家の顔色伺うのも大事だが、一回信じて金出した男なら、最後まで立ててやれよ。
なんかそんなことを思ったから、ちょっと#ReleaseTheAyerCut、応援しようかなと思った次第である。