全話鬱回ってすごいアニメだよな...。
この2エピソードは別個に扱っても良かったんですが、実母の痕跡を辿る旅としてまとめられると考えて一緒に扱います。
シルバーベアとアイヌ
この回はどうやら萬画版だと北海道が舞台の物語だったようですね。ただ、劇中では明言はされていないものの、関東から列車で数時間の距離で移動できる場所になっており、服部のメモに記された住所と、マサルが到着した駅の名前「森石駅」から察するに、このアニメ版では富山県が舞台になっているようです。
富山であれば小川で鮭もとれるし、ツキノワグマも少ないながらいるようで、劇中描写とも矛盾がありませんね。1クール全12話で終了するため活動範囲は限定せざるを得なかったんでしょう。
とはいえ、東京から富山まで1人で電車で移動したマサル凄いぞ。
勿論、森石駅というネーミング自体「石ノ森」をもじったものと見るべきで、実在の森石駅と名前がかぶったのは単なる偶然の可能性もあります。メモの住所自体は架空のものですからね。
そして今回登場した敵ロボット「シルバーベア」ですが、この名称自体、このアニメ版で初めてちゃんと与えられたもののようで、萬画版では「アイヌ」という名前だったようです。クウヤ、カイト、そしてクマ型のリクは、萬画版ではなんと「ア」「ヌ」「イ」で三体合体することで「アイヌ」になると。
アニメ版では合体することで「陸海空」の三位一体となることが読み取れますが、「アイヌ」の置き換えが、この地球の大自然を象徴する言葉に置き換えられるのは興味深いところです。
クウヤとカイトの衣装も、萬画版ではもっとアイヌっぽいものでしたがアニメ版では少しその意匠が緩和されているようです。さすがにそのまんま「アイヌ」という名前では放送コード的にも問題があったんでしょうね。
https://www.sonymusic.co.jp/Animation/Kikaider/inta/column/1213.html
↑スタッフブログ見てたらやっぱりそうでした。
加えて、キカイダー連載当時よりも以前に石ノ森章太郎はアイヌの歴史を掘り下げる作品を書いていたようで、アイヌの歴史に対して何かしら思い入れがあったのではないかと思います。特に、ともだちになれると信じていたのに、争い合うしかない運命に巻き込まれていく悲劇的な彼らの姿は確かにアイヌ民族とオーバーラップする部分があります。
ともだち
今回のエピソードってめちゃくちゃシンプルなお話に見えて実は結構複雑なんですよね。
確かにマサルは、キカイダーがいるところまでの案内役として「利用された」のは間違いないんですけど、クウヤたちに会えなかったらマサルは山奥で遭難していた可能性はあったわけで、小学生の男の子が夜の山を1人で歩けるとはとても思えないし、確かにその意味ではマサルにとって彼らは「命の恩人」です。
冷静に俯瞰している我々視聴者からすれば、キカイダーがシルバーベアを倒すのは当然のことだし、何よりクウヤたち自身が「場合によっては光明寺の娘たちも殺す」とまで明言していて、マサルに対しても殺意むき出しだったことも考えると、最後にマサルが「殺さないでって言ったのに!」ってキカイダーを非難したシーンは「マサルお前アホか」ってなっちゃうんですけど、そもそもマサルがこんな山奥まで遭難覚悟で1人やってきたのは「ミツ子に約束を破られて置いてけぼりにされてしまったから」なんですよね。だから感情的になってジローに当たってしまうマサルを一方的に非難するのはちょっと酷だなと。繰り返しますけど、こんな山奥を小学生が1人で日没まで歩いてたら間違いなく遭難して死んでます。クウヤたちに会えなかったらマサルは死んでたんです。
だから、ジローに会うまでのマサルとクウヤたちの間には紛れもなく「利害の一致」がありました。マサルはその瞬間をもって「ともだち」と認めたのです。だけどロボットであるクウヤたちには「ともだち」という概念が理解できない。何よりも「命令が絶対」だから、マサルのことよりも命令の遂行を優先してしまう。その結果、今回のような悲劇が起こってしまった。
死角がない
過去の記事から繰り返し述べているように、私はギルが言う「キカイダーは心(良心回路)を持ってしまったから不幸なのだ」という考え方は否定しにくいものだなと、だから「ロボットはいっそ心を持たない方が楽で幸せなのではないか」と内心思っていました。
が、今回のエピソードでは「ロボットが命令に従順であったとしても幸せになれるわけではない」ということを描いています。これは本当にお見事だなと思います。全12話1クールのアニメですが死角がない。
第1話〜第4話では、「良心回路を持ったがゆえに苦悩するキカイダー」をじっくりと描いてきましたが、第5話では、「同じ人間同士愛し合っていても共に生きていけるわけではない」ということが描かれていました。
第6話と7話では、ミツ子を中心に「人間に生まれたとしても皆が愛されて生きているわけではない」ということを描いていました。
次いでこの第8話では、これまで深掘りされてこなかったダークのロボットに焦点が当てられました。一言で言えばそれは「命令通りに動くロボットの悲劇」でした。
そして第9話では「命令通りに動く人間の悲劇」を描いています。
凍る絆
タバコ取り出した千草こえーよ笑
直前まで優しい母親を演じていましたが、彼女の目線と滲む汗からしてミツ子の飲み物に毒物を入れていたのは間違いありません。彼女に課せられた使命は「ジローの目の前でミツ子を殺害すること」でしたので、ジローが席を外した時点で失敗だったということになるのかな?とは言え手口がまさに「スパイ」ですね。ガチで殺しに来てます。
調べたところによると、萬画版では千草とミツ子の再会は描かれなかったようですので完全にアニオリ展開のようですね。ですが本当今回もシナリオと演出がお見事でした。普通アニオリ展開って失敗するのが通例なんですけど笑
特に「千草が持つ紙袋」には彼女が抱える複雑さがギュッと詰まっていましたね。
紙袋には「ギルの命令を遂行するための冷たい拳銃」と「息子の足を温めるための長靴」が入っていて、これはまさに「命令であればどんな残酷なことでもしてしまうスパイとしての顔」と、「愛する子どもを想う母親の顔」の両方の間で揺れる彼女そのものの象徴でした。
なんかあくまで本筋の縦糸を動かすだけのエピソードかなぁと思って見てたら、ちゃんと作品としてのドラマ的なテーマがあって本当に「面白いなぁこのアニメ」って思いました。上述の通り、今回は「命令通りに動く人間の悲劇」を描いた一編でしたね。
今まで散々、命令通りに動くロボットの怖さと命令の怖さを見てきたので油断してましたが、よく考えたら命令通りめちゃくちゃ残酷なことしちゃう人間ってのもいるわけで、このアニメ、見れば見るほどロボットと人間の区別を曖昧なものにしてくるから本当凄いな...。いやしかし、愛したギルのためとはいえターゲットの男と結婚して子ども2人産まされて挙句その娘を殺しにくるなんて無茶苦茶すぎます。ギルがいかに利己的な人間かが改めてはっきりしましたね。
死んでいく半端者たち
ミツ子に引き金を引くことができなかった千草は自死を選びます。やっぱり彼女も本作に色々な形で登場する「半端者」の1人だったようです。なぜ彼ら半端者は生きていけないのでしょうか?なぜ最後には死んでしまうのでしょうか?
それは「居場所がないから」かもしれません。半端者たちは皆何らかの罪を犯した者たちです。異界の「罪人」に世間の風は冷たく、同時に異界からは「裏切り者」として命を狙われます。彼らは常に表の世界と裏の世界の境界を綱渡りする存在です。そんな細い細い不安定な綱の上にしか、彼らが生きられる世界はないのです。
裏を返せば私たち人間って居場所がないと生きていけない存在なのだと思い知らされます。五体満足で健康であるとか毎日食うに困らないとかお金が余るほどあるとかでも実は生きていけないってことなんです。私たちにとって一番大切なことは、自分がただ生きていることを認めてくれる人たちが身近にいるか、ということなのかもしれません。
涙に怯えるギル
そして今回のもう一つのハイライトが、涙を流すジローです。
大切なミツ子さんに銃が突きつけられた瞬間、感情が昂ったジローの目に涙が溢れる...!非常にドラマティックな場面でもあるわけですが、同時に「ジローが命の重みを理解し始めている」という点が、最終回に向けてめちゃくちゃ重要な伏線になっているようですね。もうここまできたら面白すぎて最終回まで一気見しちゃいました。
そしてこのジローの涙に最も驚き、恐怖していたのがプロフェッサー・ギルです。
ギルって本名のギル・ヘルバートを名乗っていた頃は身なりも良くてかっこいい紳士感あったんですけど、ダーク本部で笛吹いてるギルは完全にやさぐれ切って顔もやつれて不気味な恐ろしい「怪人」と化してます。ただ、そんな恐ろしい姿をしているギル自身が実は一番「怯えている」みたいですね。
ゴールデンバットも言っていた通り、人は「わからないものを恐れる生き物」です。キカイダーは本当にギルの理解を超えた存在になってしまいました。ただ、ちょっと気づくのが遅いというか、多分キカイダーへの恐怖に取り憑かれて冷静な判断ができなくなっていっているんだと思います。その結果、どんどん味方を失っていっていますよね。
ゴールデンバットは命令を無視してミツ子をかばい死にました。千草は長年連れ添った愛人ですが実の娘を殺すという狂気の命令は流石に遂行できずギルを裏切りました。そしてハカイダー、こいつも非常に怪しい。今回はサソリホワイトをハカイダーに破壊されています。
キカイダーの破壊を「お前に任せる」の一言でハカイダーに依頼してましたが、プロセスを明確にしなかったが故に舐めプを繰り返すハカイダー笑
多分ギル様はchatGPTとかうまく使えないタイプだと思います。自分の成し遂げたいことを確実に遂行させたいならもっとプロンプトを詳細かつ具体的に入力しないと笑
キカイダーって最強のライバルであるハカイダーとよく対の存在として語られることが多いですけど、本当はキカイダーはギルと対の関係にあると思います。キカイダーが人間に近づけば近づくほど、ギルは人間性を失っていっているんです。
いよいよ次回は最終エピソード三篇を扱います。
今もずっと考えています。ジローはなぜ最後...。うまくまとめられるかな〜
(了)