adamomanのこだわりブログ

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怪奇大作戦 第16話「かまいたち」〜嗤っている目の男〜

 〜あらすじ〜

者かに怯えながら夜道を歩く女性。すると風一陣、女性の体はバラバラに切り裂かれて宙に舞った

殺人事件として捜査に乗り出した警察とSRIだったが、今回ばかりはSRIの出番はない、単純な怨恨による殺人死体遺棄事件だと息巻く町田警部。しかし牧は「流し」(通り魔的犯行)だと即断。警戒網を張らなければ第二、第三の被害者が出ると警告するも、警察は聞く耳を持たない。

そしてその夜、再び若い女性が犠牲となった。またしても対立する牧と警察。SRIは独自に捜査を継続。「かまいたち」(つむじ風が人を斬り裂くという民間伝承)説を元に科学的考証を進めながら、住民名簿の確保や聞き込みを重ね、現場を訪れた人間の写真も片っ端から撮影。

その中で牧の目に留まったのが、第一の事件現場にも訪れていたある男の顔。男の名は小野松夫。現場近くの工場で真面目に働くおとなしくて無口な男。誰の目から見ても、何の怪しいところもない平凡な青年。

牧にも確証があった訳ではない。だがシロだという確証もない。彼の直感だけを頼りにした捜査に反発する者もいたが、さおりに見立てた操り人形を使った囮作戦が成功。見事確保した犯人の正体はやはり小野松夫であった。

松夫を取り調べる町田警部。他人への恨みか、社会への恨みか、動機を詰問しても、松夫は俯いたまま何も語らない。

真面目で、大人しくて、イタチのようなおどおどした目をしたこの男が、どうして…」牧のモノローグと、不気味な松夫の目のアップで本話は幕を閉じる。

DVD 怪奇大作戦 Vol.4

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◆二度襲う恐怖

第7話「青い血の女」同様、本話にも二段階の恐怖が仕掛けられている。

まずは何と言っても一瞬にしてバラバラに吹き飛ぶ女性の肢体。日曜夜7時に何を見せてくれるのかと。更にチャポンとドブ川に落ちる体の一部。ショッキング極まりない映像に、思わず言葉を失う。

しかし、この奇妙奇天烈な殺人事件にもトリックがあった。真空状態を作り出す特殊な装置で、狙った女性を意図的に斬殺できるのだ。

真っ先に松夫に目をつけた牧を筆頭に、最初に「かまいたち説」を唱えた所長や、実験によってこれを科学的に証明してみせた三沢、ヘマをしながらも全力で犯人を確保したノブ。果てはさおりちゃんまでが現場に出向いての、正にSRI総出の大捕物だった。

恐怖の女性バラバラ事件のトリックは暴いた。凶悪な犯人も逮捕した。これで一安心…と思いきや、ここから本当の恐怖が顔を出す。

逮捕した犯人の動機が見えないのだ。一見真面目そうな、おとなしい青年がなぜあそこまで残虐な犯罪を?

SRIの総力を持ってしても、それだけは解明できないのだ(またしても作品テーマを自ら破壊する展開)。そしてその不気味な余韻だけが見た者の心に残る。

しかもその恐怖は、50年経った現代を生きる我々にこそ重くのしかかる。この50年、我々は動機なき猟奇殺人をいくつも見てきたではないか。

あのニュース報道に触れたときの不気味な感触と、どうして50年も前の作品がそんな未来を予見できたのかという驚きと、そしてエンディングの間もずーっと映し出される松夫の目玉の気色悪さとが、一気に我々に襲いかかるのだ。

 

◆嗤っている目

の目は単なる野次馬の目ではない。嗤っている目だ

小野松夫。最後まで一言も発さない彼だが、その分目つきの異様さだけは際立っている。

駅前で待ち合わせた友人たちとレストランへ。松夫もどうやら田舎から上京してきた人間のようだ。職場では孤立している彼にも、人並みの交友関係がある。ツレとスキーに出かければはしゃぐこともある。彼はやっぱり一見普通の、どこにでもいる青年ですよと映像が語りかけてくる。

盛り上がる仲間に合わせて笑っている風な松夫。そんな彼の目つきが一変する。アロワナの餌やりに釘付けになるシーンだ。

なんと恐ろしく不気味な場面だろう。どれだけ仲間と楽しく談笑していてもどこかうわの空だったはずの男が、魚が魚を丸呑みするとなった途端、思わず立ち上がり、我を忘れて凝視する。

松夫という男が単なる殺人鬼ではなく、特異な異常者であることが伺える名シーンだ。ステレオタイプなキャラ付けをとことん否定してくれる本作にやっぱり痺れる。

逮捕された松夫を詰問する町田警部。

理由はなんだ!言ってみろ!他人に恨みでもあるのか!社会に不満でもあるのか!

沈黙を続ける松夫の目玉だけがギョロギョロと挙動を続ける。

その目は、ただ残酷なものを見て嗤うのだ。生あるものが無残に命を散らす瞬間にのみ悦ぶ、倒錯した、下卑た嗜好の怪物の目だ。だから「なぜ?」なんて論理的思考は通用しない。挟む余地がない。

◆牧と松夫

がSRIに入所した動機には、父の命を奪った科学犯罪への恨みがある。そして前回明らかになったように、幼少期には姉を戦争で亡くしている。理不尽な暴力への怒りは人一倍強い男なのだ。そしてそれもまたある種の狂気である(第4話を始め、牧にも少々マッドっぽさがあることは以前も描かれてきた)。

だからと言って、牧にもまた狂った殺人鬼の素養があるとか、そういう訳では決してない。牧は松夫と違って、その狂気を飼い慣らしている。内なる狂気の存在を認めながら、それを犯罪と戦う武器にしているのだ(対してその狂気に呑まれているのが松夫とも言えるだろう)。

しかし、松夫の目が持つ危険な色が、牧にはどうしても見えてしまう。わかってしまう。それが、己の狂気とじっくり向き合うことのない普通の人間にはわからないから、理解されない。松夫にこだわる理由を問われた牧はこう答えている。

真面目で、大人しくて、イタチのようなおどおどした目をしていて、いつも孤独で…つまり、なんて言うのかな…

ここから先は、牧にとっても明文化できない領域なのだ。だが、確かに何か揺るぎない確信めいたものを抱えながら続ける。
…つまり、この工場は裏が抜けている。どこからでも狙えるんだ。そうだ、だから神出鬼没の作戦が取れるわけですよ

やはり明言は避けてしまう。本話が見事なのはこういう所で、肝心な所でハッキリ言葉にはせずに濁してしまう。言葉にされないからこそ、最後までその謎が見る者を惹きつけるし、より怪奇なモノに思える。

だが、やはり牧には絶対的な確信があった。それも、第一の現場で松夫の目を見た、初めて見たその瞬間からだ。その瞬間から、牧の潜在意識は松夫ただ1人を捉えていた。

人が殺された現場で1人だけ、松夫だけがそれを見て嗤っていたからだ。

 

◆人間らしさ

牧がいかに松夫を追い詰めてゆくかが本話の幹ではあるが、それだけではない所がミソ。一際「人間臭く」描かれているのが野村洋ことノムの存在だ。

松夫が犯人だと信じて疑わない牧が到底信じられないノム。1人張り込みを任された際には、なんとサボっておでんの屋台に逃げ込んでしまう。結果、危うく3人目の被害者が出る所だったのだが、当然牧には叱責される。

最後の大捕物の際には、ノム1人だけが囮の操り人形のことを知らされておらず、本当にさおりちゃんが殺されたと思い激昂。泣きながら犯人を殴る殴る。

1人だけ作戦の詳細を知らされていないというのは、作劇としては不自然極まりない展開だ。だが、これのおかげで、ノムの怒りの涙と、心から安堵した素敵な笑顔が見られる。

実はこれが本話の救いでもある。異常者が異常者を追い詰める基本プロットの中で、ノムだけは、最も我々に近い「純朴な一般人」として登場するのだ(整合性を捨ててでも情動を優先した好例)。

本当は、狂気なんて理解できない方が幸せかもしれない。堅物な上司は嫌だし、辛い仕事はサボりたくもなる。けれど、大切な仲間が目の前でバラバラにされて、人が死んで、嗤う奴なんて絶対におかしい。泣いて泣いて、怒って、それが「普通の人」なんだと気付かせてくれる。狂気に満ちた世界だからこそ、その「普通」が一番美しいことなんだとノムが教えてくれる。

◆狂気を孕んだ現代社会

ならば、松夫という奇人を通して本作が我々に訴えかけることは何か。50年前に動機なき殺人を描いた先見性か。

本話に限らず「怪奇大作戦」という作品はそこばかりが注目されがちだが、本質はそこではない。それは本屋のポップか帯紙レベルの、後付けの売り文句に過ぎない。

本作(「かまいたち」に限らず「怪奇大作戦」そのもの)が我々に伝えていることはただ一つ。狂気とはすぐそこにある、ということだ。

どこにでもいそうな一青年が、突如残虐な殺人鬼に豹変する。或いは戦争は終わったと誰もが信じている現代、まだ戦争を続けている日本人がいるかもしれない(第15話)。

社会が生んだ歪み(ひずみ)の中には、必ず狂気が生まれる。その狂気を描き出す慧眼は、過去(とりわけ近代以降)の文豪たち、芥川や江戸川乱歩らのそれと非常に近しいのだ(その意味で本作はドラマの姿をした「都市文学」だと私は思っている)。

我々は狂気と隣り合わせの都市を生きている。この都会は、常にどこかに狂気を抱えながら回っている

 

まだまだ語りたいことは山ほどある(ゲスト出演のあの警部や、独特のパース、昭和風情の景色など)が、きりがないのでとりあえずこの辺で。

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